それでいいんですよ*ネコ様視点

 ハムペルトに無理を言って、素早く入浴を済ませてのお散歩でございます。旦那様ニック殿下が来られるまでは少しばかり時間があるようなので、それまで、庭園をぶらりと周り、お花の鑑賞に勤しむことに致しました。

 庭園の花々はどれも見事で、庭師の仕事ぶりが眼に浮かぶようでございます。今度、機会があれば、これらの可憐なお花の話をしていただきたいです。


「綺麗ですね」


「そうですね」


「今度、いくつか部屋に飾ってみてもいいかもしれません」


「それが良いでしょう」


「……………………」


「…………」


 ハムペルトとの、いつものように続かない会話。クールで無表情なものですから、こちらから面白い話題を振ってみても、眉ひとつ動かさず、冷静な反応をされてしまうので、私としては、面白くない思いです。

 それ故に、こちらからかける言葉は、いつのまにか、肯定か否定で返せるものばかりになるというもの。

 自分の意見が認められれば、承認欲求が満たされますし、否定されたらされたで、そこから話題が広がりますから。

 ですが、今日の彼女は、どこか具合が違っていました。


「ネトーブリアン様、今日はなんだか、変ですね」


 後ろを歩くハムペルトが珍しく話を振ってきたかと思えば、少々失礼な物言いをしてきました。

 ですが、ハムペルトの珍しい声かけです。レアです。SSランクでございます。私は特に気にした様子を見せることなく、その会話にのらせていただくことにしました。


「そうですか? いつものかわらないと思いますが」


「ご自身でそう思っているのなら、そうなんだと思いますが」


 ……なかなかに棘のある言葉でございます。ですが、ハムペルトが自ら話題を振ったのは、初めてではないでしょうか。これは快挙です。快挙でございます。記念すべきことです。


「……自分で気づいていないだけかもしれません。なので、例えば、どんなところが変なのか、教えてくださいますか?」


 だから、私は嬉しくなって、毒を吐かれらかもしれないと思っていても、ついつい、その話題を繋げてしまいました。


「例えばですか」


 彼女はふむ、と口元に手を当てて、考えている様子。あまり行儀が良いとは言えない所作ですが、このくらいは指摘するほどでもないでしょう。

 何より、この話題が途切れる危険を冒すのは、戸惑われました。


「口調が変ですね」


 ピシャリと言い切りました。


「口調ですか?」


「口調です」


 ふむ、と私は前を向き直して、今日の私を思い出します。

 思い出したところで、特に変なところは思いあたりません。いつもの私でございます。

 思い出し損です。


「変ではないと思いますが?」


「ご自身でそうお思いなら、そうなのだと思います」


 また、棘のある言葉でございます。ハムペルトは機嫌でも悪いのかと邪推してしまいますが、その表情を盗み見しても、無表情は以前、変わらずです。

 もしかして、からかわれているのでしょうか?


「今日のハムペルトは意地悪ですわっ!」


 そう思ったら、ハムペルトの方へと振り返った私の口からは、自然と、そんな言葉が漏れ出してしまいます。

 珍しく話題を振ってくれたかと思えば、口から出るのは意地悪ばかりです。拗ねてしまっても、仕方ないと言うもの。

 ですが、私の口からは、それ以上、言葉が出ませんでした。

 立ち止まり、私を見るハムペルトの表情に、うっすらと微笑みが浮かんだからです。

 微笑みです。微笑みでございます。

 彼女のことですから、また、いつものような無表情で、「意地悪などしておりません」とでも言うのかと思えば、そこにあったのは、微笑みでした。

 ハムペルトはそのままニッコリと笑みを深めて、口を開きます。


「それでいいのですよ」


「…………?」


 私は小首を傾げます。

 わけがわかりません。意地悪でいいとは、どう言うことでしょう?

 意地悪が目的だという告白であるのなら、私は怒るべきところなのですけれど、しかし、彼女の珍しい表情を見て、心の棘ははどこかへいってしまいます。

 そうして棘が抜かれてぽっかりと空いた頭の中には、ハムペルトの次の言葉を聞いて、クエスチョンマークでいっぱいになってしまいます。


「ネトーブリアン様は、それでいいんです」


「???????????」


 全くもって、わけがわかりませんわ。


◆ ◆ ◆



「次のところを右です」


 公爵家邸ならともかく、宮廷の庭園の道はわかりません。周りに高い草木や、壁のように整えられたフラワーカーテンなどが立ち並んでしまえば、自身のいる場所など、すっかりとわからなくなってしまいます。

 そんな具合ですから、ハムペルトの道案内に従って、先頭を歩いているわけですけれども。

 むしろ、奥に進んでいるような気がします。


「あの、本当にこっちであってますの?」


「はい、間違いないです」


「本当ですのね? 信じていいんですのよね?」


「安心してください。旦那様はこの奥でお待ちです」


 道のわからない私は、ハムペルトの言葉を信じて、前に進むことしかできません。しかしながら、歩けども歩けども、フラワーカーテンが途切れる様子はございません。


「着きましたよ」


 そうして歩いて少しすると、ハムペルトがつぶやきました。

 そこにあったのは、小さな教会でした。庭園内にこんなものがあったのかと、驚くばかりでございますが、散歩できるほどに異様に広い庭園ですから、あっても不思議ではないとは思います。

 思いますけれども。


「本当にこんな場所にニック殿下が?」


 教会とはいえ、しばらく放置されていたのか、壁には草が生い茂り、スタンドガラスにはヒビも入っている始末。

 こんな寂れた場所に、お忙しいであろうニック殿下があるとは思えません。

 すると、それを裏付けるように、ハムペルトは答えます。


「はい? ニック殿下? いるわけないじゃないですか」


「え、いえ、ですが、ハムペルトは旦那様が待っていると……」


「私はニック殿下なんて、一言も言っておりませんが」


 ずがん、と頭を叩かれたような気分でございました。では、旦那様とは一体誰なのでしょう。一方的に私が勘違いしていたようですけれど、しかし、旦那様と言うからには、おそらく、ハムペルトに所縁のある、身分のあるお方だと思います。以前のご主人様といったところでしょうか。


「……私を騙しましたの?」


「騙しておりません。ネトーブリアン様が勘違いしただけでございます」


「騙しましたのね!?」


「だから、騙してはおりませんよ」


 私が強く訴えても、彼女は太々ふてぶてしく、そう答えるばかりです。


「認めないなら、私、もう、帰りますわっ!」


 ですから、私も自然と反抗的になって、フラワーカーテンの迷路へと戻ろうと、教会とハムペルトに背中を向けました。彼女が悪いのです。私は悪くありません。勝手に帰ってしまっても、ハムペルトのせいですわ。

 どこの誰かもわからない、いえ、そもそも、いるかどうかもわからない待ち人なんて、知るものですか。



「ムキになるなんて、やっぱりネトーブリアン様はお子様ですね」


 失礼な。

 私はもう15歳、立派なレディですわ。

 そんな反論をすべく、半身を翻したその時、ハムペルトは言葉を挟みます。


「ここで帰ったら、きっと後悔しますよ」


「……今日のハムペルトは、訳がわかりませんわ」


 無表情は、無表情。それでも、私をまっすぐ捉える彼女の瞳からは、言葉ではよく言い表せませんが、凄みのようなものを感じます。

 彼女の本気が、伝わるような心地でしょうか。


「……わかりましたわよ。行けばいいのでしょう、行けばっ」


 気づけば、そんなことを言っていました。ハムペルトのその瞳に圧(お)されたのかもしれません。

 私は自らの発言を即座に撤回した気恥ずかしさに、はしたなくも大股になって、教会へと歩いて行くのです。

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