変な猫

(なんでこいつと結婚しなきゃいけないのよ、ほんと)

(はー、いい子ちゃんのフリもそろそろ疲れたなぁ……)

(ネトラーの趣味のためとはいえ、やだなぁ、こいつにそのうち抱かれるとか)

(カイゼルのアレって、絶対小さいよね。ネトラーのに比べたら、可哀想だけど笑)

(結婚したら、カイゼルが浮気したとか言って適当に離婚しよっと)

(慰謝料、たんまりとふんだくれるかもなぁ……こいつの家、そこそこ良家だし笑)


 それ以上、ルディの心の声を聞きたくなくて、俺は逃げ出した。その場からも、村からも。

 理由はだれにも言っていない。ただ、ルディには婚約破棄の旨だけは伝えて……、俺は王都へと戻る行商人に自分のスキルのことを話し、仕事の仲介人になってもらったのだ。

 我ながら情けない……、そう思いはするものの、でも、あの村にはいられない。いれば、ルディを殺してしまったかもしれないから。


「カイゼル、仕事だ」


「……ぁあ」


 今の俺は、王都で証言の真偽を立証する仕事をしている。ここに来て半年ほど経って、仕事を、少しずつ覚えてきたところだ。

 俺は先輩に呼ばれ、尋問部屋へと向かう。これから、嘘や隠し事の確認を済ませたのち、その裏付けをするまでが今日の仕事だ。いくらスキルがあるからといって、「こいつ嘘ついてる」と言うだけでいいわけじゃない。きちんと立証する必要がある。


(あーダリィ……仕事終わったらあいつのとこの若妻、いただきますかねぇ)


 先輩から聞こえる、心の声。

 最悪な上司、低い給料。しかしながら、この仕事を、俺はそこそこ気に入っている。先輩も、尋問相手も、人は後ろめたいことがあるのは普通だと、わからせてくれて……、ルディが浮気していたことも、仕方ないと諦められるから。


◆ ◆ ◆


 最近の俺の趣味は、自宅(と言っても集合住宅だが)の庭に集まってくる野良猫に餌をやることである。前々からこのあたりに住んでいるようで、この庭は野良猫の集会場だと知ったのは、ここの部屋を借り始めてまもない頃のことだった。気づいたら、残り物を恵んでやるのが習慣になっていた。


(ニャーニャー)


 ……動物の心なんて読んでも、そもそも猫は言語を理解してないために、『ニャーニャー』くらいしか聞こえない。でも、だからこそ、餌をやると素直に食べ始めるこいつらのことは、家族のようだと思っている自分がいる。

 猫を、家族を養っているのだと言う妄想は、心地よいものだった。


「ほら、たくさんあるからしっかり食えよー……ああ、こら、喧嘩するな、まだまだあるから」


 なんて、猫にわかるはずのない言葉をかけながら、干し肉をほぐしたジャーキーを、端の欠けた数枚の皿の上に落としていく。

 本当に、猫は……動物は可愛い。猫を愛でながら顔をニヤつかせていると、ふと、気になる猫がいた。

 餌に群がる猫とは対照的に、少し離れたところにちょこんと触りながら、ギラリとこちらを睨め付ける猫である。薄汚れてはいるが、真っ白な毛並みを持つ綺麗な猫だ。俺は仲間はずれにされているのかと思って、その猫の前に座り込み、ジャーキーを手のひらに乗せてさしだした。


「ほら、くえ」


「…………」


 しかし、その猫はプイッと顔を背けて、食べようとしない。お腹が空いていないのかとも思ったが、この猫、結構な痩せっぽちだ。もしかしたら、何か病気とかなのかもしれない。

 そう考え、俺は猫に手を伸ばす……が、「キシャー」と毛を逆だてられてしまった。

 それでも、病気なら、治療院に連れていかなければならない。俺は腕に引っかき傷をつけられながら、優しく猫を抱きかかえ、自分の部屋に連れていく。病院に行く前に、まずは怪我がないかだけでも見ておいたほうがいいだろう。


「暴れるな。別にとって食おうってわけじゃない。お前が心配なんだ」


「……にぅ」


 なんて声をかけてやれば、すぐに大人しくなった。かなり頭のいい猫なのだろう。


 それから、俺はその猫を治療院に連れていくと、栄養失調だと言われた。怪我とか病気とかはないらしい。よかった。

 だが、食べなければ精はつかない。俺はジャーキーを食べさせようとしたが……食べない。もしかして。

 ふと思いついたことを確かめようとして、猫を抱きかかえながら市場へと向かう。もう猫に暴れる気はないらしく、というか、暴れる元気すらないのだろうか? 早く何か食べさせなくては、衰弱してしまう。

 俺は干し肉屋にいくと、猫でも食べられる中で、出来るだけ多くの種類の肉を出してもらう。すると、猫は興味を示したらしく、とある肉に手を伸ばしながら、「ニャーニャー」と暴れ始めた。

 その肉は、ラッキーラビットの干し肉。生肉の色が黒っぽい赤と特徴的で、しかも、干し肉にすると、なぜか赤青黄緑白黒のうち、ランダムな色に変わる。そんな肉、誰も食べたがらないとは思ったけれど、これが案外、女性に人気なお肉らしい。なんでも、自ら干し肉を作る手間をかけながら、運勢占いとか、恋愛成就の占いに使用するようだ。

 俺も食べては見たが、味も悪くはないから、食べさせても問題はないだろう。猫の味覚に合うかは、わからないが。

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