第16話 寝起き

 ご飯を済ませた後、日向は風華と佐久同様、食器洗いなどを手伝おうとしたのですが、風華が「お風呂先に入っちゃって」と言ったことにより、一足先にお風呂へ。

 なんだか佐久は発生すると思ったイベントが発生しなかった、という顔をしていた気がしますが、きっと気のせいでしょう。

 お風呂場のある洗面室に行った日向は、そこに置いてあった体重計に唾をゴクリと飲みましたが、決して乗ることはせず、何も見てないように、静かにお風呂に消えていきました。

 大垂水家に上がった時も、他人の家ということで、やや緊張していた日向ですが、他人の家のお風呂というのは妙な違和感があります。

 設定温度や、シャワーの水が冷たいから温かいになるまでの時間。日向はそんな、普通なら気にしないようなものを一つ一つ確かめ、湯船に浸かりながら、

「なんか、こういうのって、いいなぁ……」

 しみじみと呟くのでした。



 日向がお風呂から出たら次は佐久と風華の番です。日向はお風呂から出ると、おそらく風華のものであろうパジャマに身を包み、バスタオルを肩にかけて頭を拭きながら二人を呼びにリビングに向かいました。

「……お風呂いただきました。ありがとうございます」

「いえいえ。……ふむふむ、パジャマはアタシのがピッタリのようで良かったわ。佐久のじゃちょっと小さいだろうし」

「ぐっ!…悔しいけど、言い返せない……」

 本当に悔しそうに拳を握って震える佐久。

 しかし佐久は小声で、

「けど、パジャマ姿見れたからもう何でもいい……!」

 と、悔しさの拳をガッツポーズに変えるのでした。



 それから二人共お風呂に入り終わり、あれやこれやで寝る支度を済ませ終わったのが20時のこと。

 寝るにはまだ早く、何かしようという話になり、ババ抜きをしようとか、大富豪をしようとか、3人で意見を出し合ったのですが……

 結局の着地点は——

「じゃあ、電気消すわね〜」

「「はーい」」

 日向が真ん中、佐久が左、風華が右と川の字で寝る三人。これから何か始まる雰囲気もなく、寝るだけの様子ですが、実は、既に戦いは始まっていたのです。

 佐久、そして風華は、床に就き、しばらくの沈黙が続くと、同タイミングで声には出さず、同じことを思いました。

 ——早寝選手権て何ぃぃぃー⁈

 早寝選手権。それは、意見を出し合っている時、日向が出した案でした。

 何やら、昔アニメか何かで見たことがある競技で、前からやってみたかったとかなんとか。しかし、そんなのする人間は普通いない、というか出来る環境がなく、今日は出来るかもしれないと目を輝かせた日向に夢を叶えさせようと行った……行ってしまったのがコレです。

 圧倒的センスの方向性の違い。

 圧倒的に勝敗が分からないシステム。

 そして何より、寝ようとすると寝れなくなるという人間心理に、佐久と風華は暗闇で何とも言えない表情をしていました。

「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」

 沈黙。

 あまりに酷な沈黙。

 早寝選手権というあまりにも意味不明な戦いに、最初に痺れを切らしたのは、佐久でした。

「だ、誰かもう寝た?」

「……寝てたら答えないでしょう」

「いや、そうなんだけど……何、このジワジワ来る競技。悪寒が止まらないんだけど」

「……それには同意するわ。遠足前日に眠れないとか、そういうレベルの問題じゃないわね。どちらかと言えばお腹いっぱいなのにまだ食べ物を口に含んで吐きそうな五秒前の気分よ」

 何とも汚い表現です。しかし、佐久には否定は出来ません。

 だって、同感なのですから。

「それにしても……ねえ、さっきから気づいてる?」

「え、ええ……いやまあ流石にね」

 二人は一斉に顔を中央に向けます。

 すると、

 そこにはスースーと寝息を立てながら夢の世界に真っしぐらな日向の姿が。

 顔は見えずとも、その爆睡具合は明らかです。

「……よほどこの日の為に練習してきたのね」

「うん……優勝決定だよ。おめでとう浅神さん……」

 二人はそう言うと、お互い反対の方向を向き、はぁっとため息を吐き、早寝選手権のことは忘れて目を閉じるのでした。

 日向の方が二人をいいように振り回した?初めての瞬間でした。


   ◇


 日曜日、朝。

 土曜日まで出勤があり、お疲れのビールを飲んだサラリーマンならば絶対に起きないであろう絶対的休みの日。

 こんな素晴らしい日に、佐久は自分の目覚ましを八時にセットしていました。早くはない、決して早くはありませんが、日曜日ということを考慮すれば早い時間。

 佐久はそんな、早起きを強制するマシーンが音を立てると、常人なら目を瞑っていたいと思うほどに重たい瞼を、一気にカッと開きました。

 別に、佐久が寝起きが良すぎるとかそういう理由ではありません。ただ、佐久にはある計画があったのです。

 それは、

 ——日向の寝顔を真横で見ること。

 昨晩はすぐに電気を消して寝てしまったので、よくは見れなかった寝顔。しかし、この時間帯であればカーテン越しに差し込む日差しで十分。

 残念ながら起きた瞬間は、日向がいる逆方向を向いていたので、目覚めた瞬間にその顔を拝むことは出来ませんでしたが、なぁに百八十度回転すれば良い話。

 佐久は計画を実行に移します。

 腰に力を入れ、ゆっくりと逆方向に体重をかけながら、片足を開き、開いてない方の片足を即座に開いた足に。次に胸、肩、首を曲げていけば最後は、顔だけです。

 佐久は徐に回転していき、そしてついに日向の寝顔を——

「——!…………⁉」

 見れませんでした。

 そこに日向の姿なく、なんならその更に向こうの風華の姿もありませんでした。

 佐久は思わず身体を起こし、ケータイを確認しますが、表示されるのはやはり目覚ましをセットしたのと同じで八時。

 どうやら取り残されたようではないらしい。

 と、佐久が考えていると、

「あ、大垂水さん!おはよございます。起きたんですね」

 寝室と廊下をつなぐ扉から日向が顔をヒョッコリ出して挨拶。

 寝癖のない髪やスッキリした顔を見ると、大分前から起きてたようで、佐久はがっくりと肩を落とします。

「あ、うんおはよう……浅神さんは、早いんだね……」

「はい!なんだかスッキリした気分で早く目が覚めたので起きちゃいました!今、朝ご飯を風華さんと作ってるので、……それ、落としちゃって来てくださいね。……ふふっ」

「ん?」

 何故か最後に笑い去って行った日向に首を傾げながら、とりあえず佐久は洗面所へ。

 廊下を右手に進み、風呂場と隣接した洗面所に着くと、佐久は自分のタオルがあることを確認。

 いつものように顔を洗おうと、手に水を溜め、そして顔と手をくっつけようとした、

 その瞬間ときでした。

「ん?んんん?」

 何やら佐久の額には見慣れない文字のようなものが。

「む、むむむむむむ⁉」

 いや、完璧な文字です。鏡に映り、反対になっていて見えにくかったのですが、ゆっくり見ていけば読むことが出来ます。

「早、起き…選手権……最下位いぃぃぃぃ———⁉」

 佐久はそう叫ぶと、顔をタコのように真っ赤にして、日向の言ったことを忘れ

「オラァァァ‼︎姉ちゃんんんん———‼︎」

 と、リビングに駆け出して行くのでした。

 その声を聞いた日向が思わずクスリと笑ってしまうほど、大垂水家の朝は賑やかです。

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