第14話 彼女はこうしてまたも流された
そして恐る恐る振り返ると、そこにはもの凄い勢いで、
「佐久—————♡」
「いぃっ⁉」
佐久に駆け寄ってくる凛花の姿が。
そのままの勢いに乗って凛花は佐久の首に腕を回しダーイブッ!
まるで恋人同士がキスをするような絵が完成しました。
「り、凛花⁉ちょっ、何してんの!」
「ん〜?佐久が私に何も言わずに出ていこうとするから引き止めたんだけど?」
「だからって抱きつくことないでしょ⁉」
「いいじゃない別に、減るもんじゃないし!」
そう言って、懐いた猫のように佐久にすり寄る凛花。そんな二人を見て、先程まで抱きつかれていた日向は、
「これくらいのスキンシップって、普通なんですね。さっき抱きつかれた時はやや驚きましたが……なるほど、勉強になります」
自分の理想通りの女性である凛花について少しでも学ぼうと、日向はその行動を独自の解釈と共に見ているのですが、それを知らない佐久は、
「なんのっ⁉︎」
と思わずツッコミを入れます。
「相変わらず凛花ちゃんは佐久が大好きねぇ。どこがそんなにいいの、そいつの?」
自分には全く分からんといった表情で風華が尋ねると、凛花は目を輝かせ直ぐに答えます。
「カッコイイのよ佐久は!自転車も、生き様も、あと顔も!超イケメンのナイスガイよ!」
「……ガイじゃないんだけどなぁ……」
とほほほ、と女性としての自信は無くしかける佐久。
日向は、そんな佐久に追い打ちをかけるように、
「なるほど、お二人はそういうご関係なんですね。……勉強に、」
「ならないから—————‼︎」
気になる女性には好意に気がつかれないで、他の女性からはめちゃくちゃ好意を抱かれる。理不尽ではありますが、人生そんなもんです。
性別の偏りが激しい珍しいパターンですが。
「む?佐久、なんかムキになってる。もしかして佐久、日向のこと……」
「なっ⁉︎は、はぁ?何言って!」
図星を突かれて慌てる佐久。
そんな佐久をジトーっとした目で凛花が見つめます。
「ねえ、佐久。あなたも明日のレース、観に来るのよね?」
「う、うん。まあそうするつもり……だけど」
「ふーん……」
そう言って顔を伏せ、凛花は佐久を抱きしめていた腕を佐久から離すと、くるりと方向を変え、日向を指差して、
「日向、あなたには負けられない!負けられない理由が今できたわ!明日のレース、絶対に一位を取るんだから!」
高らかに宣言をしました。
しかし、日向からしたら何のことか分からず、それどころか、さっきまで仲間だと思っていたのにいきなりの敵になる宣言。混乱して思わず、
「え、えぇぇぇぇぇぇ⁉︎」
という声が出てもなんら不思議ではありません。けれど、その次に凛花はけろっとした表情で、
「あ、途中までは一緒に走りましょう。勝負は最後……ゴールスプリントよ!」
と言うのでした。
この発言に、風華はウンウンと深く頷きます。
「そうよ!仲間として走っても一位になれるのは一人だけ。もがきなさい、最後は全力で!」
「ええ……ええ、ええ!やってやるわ!初レース初優勝!前から決めてたことだけど、俄然やる気が出てきたわ!」
そう言ってやる気を露わにメラメラ燃える凛花ですが、対する筈の日向はそんなにメラメラ燃えず、むしろキョトンとした風に、
「ま、まあ頑張ります……」
頬に汗を垂らす始末。
かなりのテンションの差ですが、これは仕方ありません。
日向はレースを凛花と走ると決めた時から、レースを競争とは考えていませんでした。イベントを友達と一緒に走って、普段よりもちょっと頑張る。日向が想像するレースなんてその程度。
スポーツで競うなんて体育の授業や運動会くらいで、それすら全力を出すなと父に言われている日向にとって、やる気を出せと言われても、そもそも勝ち負けに興味がないので、無理というものです。
故に、
「それじゃあ私はそろそろ明日のために帰って休むから。明日、会場で会いましょう!アデュー!」
そう言って凛花がルンルンと帰って行くときも、何故あんなにやる気に満ち溢れているのか、日向は首を傾げるばかりでした。
「浅神さん、明日は私も応援するからっ。ファイトだよ!」
「は、はい……」
そう言われても。と、日向は愛想笑いをします。
勝つとか負けるとか、そもそも考えもしてないのですから当たり前の反応です。
「んじゃ、私もそろそろ帰るかなぁ〜。結局、当初の目的は何処へやらだけど」
生加奈が伸びをしながら言い、机に置いていたヘルメットを手に取ります。
「え、もう?…ご、ごめんなさい……折角誘ってくれたのに……」
謝罪する日向に、生加奈は手を振って「いいよいいよ」と笑います。
「それよりも、明日のレースは私も観たかったんだけどなぁ。明日は生憎私もマウンテンバイクでちょっとした用事があんのよねぇぃ!帰って準備しなきゃ!」
「なっ…そんな!ますます悪いことを……用事がある前日だったのに、誘ってくれて、なのに私……ほ、本当にごめんな———むぐっ⁉」
言おうとした言葉を最後までは言わせないように、生加奈は日向の口を手で塞ぎます。
更に、指を振って、チッチッチッと舌を鳴らすと、
「ったく、ネガティブだなぁ。パンクなんかいつ起きるかも分かんないんだし、距離的には十分走った!……お茶もできたしね」
生加奈は満足気に笑い、日向の口から手を離します。
日向は良い友を持ちました。
「いっちゃん……」
日向は心広き友に感動を覚えます。こういうのを親友と呼ぶのでしょう。
それから日向は机に視線をやると、
「クッキーは少しはとっといてくれても良かったと思うんですけど」
と、友達らしく、冗談っぽく生加奈に言いました。
生加奈はそれに対してニシシッと笑いながら、
「お釣りはいらないですよー風華さん!また来ますね〜!」
颯爽と店を後にするのでした。
ドアが閉まり、カランカランとベルが音を鳴らすと、風華は机に置いてあるお代を見て、微笑しながら言いました。
「お釣りも何もピッタリじゃない。というか、三人分のクッキーセット、あの子一人で食べたのね……」
「いっちゃんはお腹の貯蔵庫凄いですから……」
呆れたように日向は言い、アイウェアを外します。その瞳に映るのはマウンテンバイクで去っていく生加奈の姿。
エネルギー満タンで帰宅する彼女ですが、果たして今日の消費カロリーとどちらが上なのでしょうか。
「まあ、それはさておき」
風華はティーセットを手に取り、片付けを開始しながら日向に言います。
「今日はウチに泊まっていきなさいな」
「え……なんでですか?」
キョトンとする日向に、風華は台所に歩きながら続けます。
なんだかちゃんとした店員のようです。
「会場に着くまでここから約一時間半、そして受付が十二時までだから余裕をもって十一時には着きたい。となると出発は九時半になるわけ。九時半に出発するならもっと早く起きて準備しなくちゃいけない。日向ちゃん、そんな早い時間に家を出てウチに来れる?」
「…………………………」
日向は手を顎に当てて考えます。
九時に家を出発して合流したとしても、いつもの言い訳ともなる図書館の開く時間よりも出発時間が早く、移動時間を考えても、着いた時には図書館は開いていない、と親に怪しまれる可能性がある。
となると、家からショップに行ってから会場を目指すのは困難。ほぼ不可能、インポッシブルです。
ですが、日向の心配ごとは他にもあります。
「けど、風華さんと大垂水さんの家に泊まるのも親になんて言われるか……」
「他人の家に泊まるのは禁止なの?」
「いえ、いっちゃんの家に泊まることもたまにあるので……しかし、言い訳が……」
「だったら……」
風華が悪い笑顔を浮かべて、何かを考えます。
「今日は何て言って家を出て来たの?」
「え?……っと、いっちゃんとの勉強会って、」
「そう。なら、いっちゃんと勉強会をしてたらクラスの友達の大垂水さんから連絡が来て一緒に勉強することになったんだけど、大垂水さんの出来が悪すぎてもっと教えなくちゃいけなくなって、そしたら大垂水さんのご両親にご飯ついでに泊まっていきなさいなと言われたから大垂水さんの家に泊まっていくね。……とでも言えばいいのよ」
「よくこの短時間でそんなでっち上げた文章を……しかも私の出来が悪い設定なの⁉︎」
呆れながらも、自分の姉の即座に作れるでっち上げ文章と何故か自分がバカということになっている設定に驚きつつ、佐久は内心で姉にグッジョブと親指を立てていました。
そして日向の方も、
「……まあ、勉強会が捗ったという言い訳なら、きっと大丈夫なはずです。親に連絡してみます」
と、早速ケータイをバックポケットから取り出して、メールを打ち始めました。
「それより、大丈夫なんですか?急に泊まるなんて……迷惑じゃ……」
「あー、大丈夫大丈夫。そもそも家にはアタシと佐久しかいないから。両親は他店に出張中だから」
「…お忙しいんですね」
風華達の家の都合を知り、メールを打ち終わると、日向は送信ボタンを押し、直ぐさまメールを飛ばします。送り先は母親、幸です。
そしてメールは見えない通路を抜け、ほんの数秒で幸の元に到着しました。
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