ちゃりどりっ!
@deza-tohi-ru
第1話 初めての反抗
親の重度の過保護によって縛られてきた彼女は、外で思い切り走ることはもちろん、スポーツをすること、更には遊具で遊ぶことさえも許されず、学校以外はほぼ家で過ごしていました。
監禁ではありませんが、日向はとても大人しい性格のため、反発してまでスポーツをしようとは考えもしませんでした。……いや、もしかしたら考えはしていたのかもしれません。
ですが、決して反抗の言葉を口に出すことはありませんでした。
そしてその結果、彼女は今、壮絶な勘違いという名の悲劇を生んでいました。
木漏れ日に照らされながら本を読んでいるのが似合いそうな、長い黒髪を有した清楚な少女が、その見た目には似合わない青ざめた顔で俯いています。
少女の名は浅神日向。
現在十六歳のぴちぴちお肌なJKです。そしてその横。
日向同様に顔を青くして動揺している茶髪のイケメンが、殺気を放つ鬼の如きオーラを宿した高身長の男に怯えていました。
二人に対面するように、そこには日向の父親と母親が毅然とした態度で立っています。
目が細く表情が読みにくい母親ですが、よく見ると口元が少しにやけています。表面的には高圧的な態度をとっていますが、父親のような殺気は纏っていません。
ポジション的にはある意味一番の安全圏にいました。
重い空気が流れる中、黒髪オールバックの見るからに厳つい男であり、日向の父親、
「——少年。君が私の娘に手を出した不埒者かね?」
この問いかけに額に汗を滲ませ、未だに顔を真っ青にしている人物、
違うと言えば若干の嘘が混じり、そうだと言えばおそらく鉄槌が下る。そしておそらく、というより確実に日向の父親は勘違いをしている。
佐久にはそれが分かっていました。
しかし、その殺気ゆえに下手なことは言えません。
そんな煮え切らない返事をする玄二の額に血管が濃く浮き出ていきます。
それに気づいて「ひっ!」と声を上げる佐久。助けを求めて日向を見るのですが、日向はその視線に全く気づきません。それどころか、まるで首の位置がおかしい壊れたマネキンのように下ばかり向いていてピクリとも動いていません。生きているかすら疑わしいです。
「——日向……!」
玄二の呼びかけに日向がピクリと肩を震わせました。辛うじて生きています。
ですが、少し動いただけでやはり顔は上げようとしません。
この時、日向の表情はこの世の終わりにするものと大して変わりませんでした。汗をかき、瞳を潤ませ、歯をカチカチと鳴らしています。
日向は昔からそうでした。何か困ったことがあるとすぐに俯き、相手の目を見ないようにします。そうしないと、目が合った瞬間に泣きだしてしまうから。
泣くくらいならずっと俯いて時間が過ぎるのを待とう。泣くよりはマシだ。誰だっていつまでも俯いている奴には怒る気を失くす。それを待つんだ。日向はそう考えていました。
——今までは。
日向はぎゅっと拳を握りました。力を急に込めたことにより腕が動いてズボンに手がかすりました。カチャッと何かに当たる音がしました。
日向がハッと、何かを思い出したような表情をします。右手でズボンのポケットを触り、そこにある膨らみに手を重ねます。
日向はその膨らみの感触を確かめると、震えを止めるため、ぐっと歯を食いしばりました。そして勢いよくポケットに手を突っ込み、その中から何かを取り出しました。
取り出されたソレは日光に反射して、玄二の目を眩ませます。玄二は眩しさに一瞬目を閉じ、光を気にしながらゆっくりと再び目を開きました。開いた瞬間、玄二は驚きに目を見開きました。
日向が顔を上げているのです!
それだけではありません。先程までしていなかった筈の対太陽光防御武装であるサングラスが日向に装備され、その防御力、そして玄二に対して攻撃力を上げていました。
「……な、なんだ日向、そ、それは⁉…………あ」
効果は抜群。
少しオーバーなリアクションをする玄二。
例えるならば家に帰ったら清楚系の娘がいきなりギャルになっていた……そんなところでしょうか。
大袈裟かもしれませんが、玄二にしてみればそれほどの衝撃だったのです。子供の頃から俯いたら全く顔を上げなかった日向が顔を上げたかと思えば、どこから入手したとも分からない、娘とは無縁に等しいワンポイントアイテムをしているのです。
それは顎が外れるくらい驚いても仕方ないでしょう。外れやすい人なら尚更。
絶賛途轍もなく間抜けな顔をしている玄二ですが、その口は閉じたくても呪いの人形のようにカクカク動くだけで閉じることはできません。
と、玄二が自分の顎と娘の変貌に対する驚きに葛藤していると、日向が大きく息を吸い込みます。そして、
「お父さんは顔が怖いんですっ‼︎」
「……ぇ、あ……?」
「いつもいつもいつも‼︎私が何かしようとしたり誰かといると、とっっっても!怖いんですっ‼︎」
「あ……あ……ぇあ……」
玄二が何か言いたげですが、なにぶんその口は閉まるボタンを失っていますので、まともに喋ることは出来ません。
仕方なく玄二は妻の
が、幸はちょっとよく分からないな〜という風に細い目でニコニコと笑うだけで、何もしようとはしません。
ドSめ。
玄二はそう心の中で思い、この状況下で自分の味方は1人もいないことに気がつきました。
顎が外れて喋れなく、誰も助けてはくれない。果てなき拷問のような状況で、娘からの攻撃はまだ続きます。
「だ、だいたい、今日なんで来てるんですか⁈そ、そりゃあ私、本当のことは言いませんでしたけど……だからって尾行することないじゃないですかっ‼︎それはもうストーカーです!」
この言葉に、玄二の心臓は『ストーカー』という文字付きの矢印に貫かれます。
結構な歳なのにこのダメージは致命傷。誰かが守ってあげなければ死んでしまう……その時でした。
「ちょ、ちょっと浅神さん、言い過ぎなんじゃ……お父さんちょっと様子がおかしいし……ね?」
「おはへはへーほ‼︎(お前じゃねーよ‼︎)」
「ひっ⁉」
折角助け舟を出したのに、船員が気に入らないという理由で船を蹴飛ばす玄二。その殺意は今日一番、絶頂にありました。
顔を真っ赤にして頭から湯気を立てています。もはや、お湯の沸騰を告げるヤカンの音すら聞こえてくる始末です。
心なしか玄二の体から炎がメラメラと出ているような気がします。高位の悪魔でも宿しているのでしょうか。
さて、これは佐久に向けられた怒りでありますが、幼少期から共に過ごしてきた父の感情の豹変に、他人の心に敏感な日向にも殺気は伝わってきました。
「っ……」
サングラスもといアイウェアのおかげで、目を見て話さなくて済んだものの、殺気ばかりは目を閉じていたとしてもどうしようもありません。
怖気づき、日向は再び口を閉じてしまいます。勢い任せの反発はどうやらここまでのようです。
今まで一度も両親に反発しないで生きてきた日向。
ここまで自分の心を吐き出しただけでも、十分に頑張ったと言えるでしょう。
いつも日向を見ている神様またはストーカーがいるとすれば、きっと褒めてくれるレベルです。
現に母親は満足気にツヤツヤてした顔をしています。
——しかし、今の日向には誉れなど不要でした。
必要なのはただ一つ。あと一言を口にする勇気。
決定的に反抗の意思を示す言葉を口にする勇気。
その勇気があれば——。
そんなことを思いつつも、日向は後悔していました。
なんでいきなりあんな風に適当な言葉を投げつけてしまったのか。
そもそも、何故親に反発してしまったのだろうか。
このままこれからも普通の親子でいれるのだろうか。勘当されたりしないだろうか?
後悔が頭の中でぐるぐると回り、奮い起こしたい勇気に絡みつきます。
そう、彼女は途轍もないネガティバーかつお豆腐精神の持ち主でした。それは生まれてからずっと。
そして人の性格というのはちょっとやそっとのことでは変わらないものです。
特に、いつも後ろ向きで、自分の心の内を両親に明かしてこなかった日向にとって、後悔や不安を振り切り反抗の一言を口に出すというのは相当に大変なものでしょう。
しかし……
でも……
だからこそ……!
そんな自分を変えるために。
(——大切なものを失わないために!)
日向は口を開きます。
息を吸い込みます。
自分で自分の背中を押し、喉を震わせます。そして、
「そこを……っ!退いてください——‼︎」
ええ、なんとも主人公らしい真っ直ぐなセリフです。大人になって思い返したら顔から火が出そうな、純粋で力のこもった言葉です。
それは日向にとって人生で初めての親への反抗でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます