第二十二話~豚姫は来世できれいになりたい~

 浮き出た灰汁を取り除き、鍋の火を弱火にした。鍋に蓋をして、タイマーをセットする。

 これで後2時間ほど煮込めば下処理完了だ。


 俺は今、牛筋を煮こんでいた。ぷるっぷるの牛筋煮込みを食べたいという衝動にかられ、ノリと勢いで作り出した。

 とりあえず、一通りの下準備は終わったから、あとは牛筋が煮込み終わるのを待つだけだ。


 さて、これから暇になったし、サクレもどこかに行っていないし、何をしようか。

 ぶっちゃけここは暇だ。迷える魂が来ない限りやることはない。

 いや、転生神であるサクレには何かあるのかもしれないが、俺には特にない。

 イメージで言えば、大学の教授と准教授ぐらいの差があると言ったところか。

 そういえば、大学の研究室の先生、准教授の時は結構かまってくれたけど、教授になった途端、忙しすぎて構ってくれなくなったな。


 今の俺の立場は准教授的なポジで、サクレが教授かな。

 いや、俺下っ端だし、助教かな?


 まあいいや。俺は暇すぎてしょうがないので、いつも使っている暇つぶしセット、机と椅子と60インチテレビを転生の間の謎パワーで召喚した。

 この場所マジ便利。欲しいものを買い物せずに無制限に取り出せる。一部制限があるものの、基本的にやりたいことは出来るから素晴らしい。

 俺はリモコンを手に取って、テレビに電源を入れた。

 適当にボタンを押してチャンネルを変える。

 何か面白いものでもやっていないかなと思い、眺めていると、とある作品を見つけた。


 俺が見つけたのは『私、悪役令嬢、だからあなたをいじめるの』というWeb小説発のラノベのアニメだった。


 俺も読んだことあるけど、かなりひどい作品だったような気がする。

 なんていうか、デブで性格の悪い頭のおかしい令嬢が突然「私、悪役令嬢なんだわ」とか言い出して、主人公的なキャラクターを虐めるのだが、その虐め方が予想の斜め上どころか場外に行くような作品だった。


 というか、主人公も主人公で頭のおかしい奴だったな。

 だって、虐められる原因を作ったの主人公だったし。

 そんな馬鹿小説ではあったが、それが逆に人気だった。

 しかも、そのWeb小説のテンプレ的なものではなく、逆に新しさがあったからかもしれない。


 そっか、あれがアニメ化していたのか。俺が死ぬ前はアニメ化していなかったからな。

 俺が見ていた作品なだけに、アニメ化したという事実を知るのはとてもうれしい。


 何もすることないし、とりあえずこれを見ることにした。


『そして私は気が付いたのだ。


「わ、私、あの乙女ゲームに出てくる悪役令嬢じゃない。しかも、バッドエンドは全て処刑。私、一体どうしたら。ってかもうすでにゲームが始まっているんですけどっ。もうすでにいろいろと手遅れじゃない」


 わたわたしている私の元に、一人の女性がやってきた。平民なのに貴族が通う学園にやってきた極めて優秀な彼女は、あの乙女ゲームの主人公だった。

 彼女は私の目の前に仁王立ちして、見下ろした。


「うわぁ、デブ。しかもくっさ。ナニコレ、どうしたらこうなれるの。貴族って皆こうなの。最悪」


 この時、私の中で何かがブチッと音を立てた。

 こんにゃろ、てめぇだけは許さねぇ。何が主人公だ馬鹿にしやがって。今に見ていろ。

 こうして、私は破滅への道を進んでいくことになった』


 相変わらずぶっ飛んでるな。しかも乙女ゲームの主人公の最初のセリフ。色々とありえねぇ。

 このズレた感じがまた面白いんだよね。

 クスクスと笑いながら俺がアニメを見ていると、サクレが帰ってきた。ダンベルを持って。


「ダーリン、ダイエットをするわよ」


「また唐突だな、おい」


「今日から食事制限をするわ。カロリーは……ごにょごにょ、までね」


「めんどくさいんだが……。てか食事制限というよりカロリー制限だよねそれ」


「そうともいう。細かいことは気にしない。そして私は筋トレをするわっ」


 しかしなんでダイエットなんだよ。意味わからない。

 突然のことで少し戸惑いはしたが、サクレのことだ、思い付きでやっているんだろう。

 最初はそう思っていた。

 だけど俺は気が付いた。彼女の隣に誰かいることに。

 サクレの横にいたのは色々と残念な女性だった。顔が丸く、体も丸い。腕や足は丸太のようで、おなかは妊婦を思わせるほど前に出ていた。これが妊娠中なんですというのであれば、おめでとうと一言いうのだが、あいにくここは死後の世界。

 妊婦状態でいるはずがない。ないよな。

 だとしたら、あの出まくった腹は自前のモノだろう。

 まあ、そういうことだ。サクレの横にいた女性はそれはもう太っていた。太り過ぎていた。そしてその顔はどこかで見たことがあるものだった。


 あの顔、さっき見ていた悪役令嬢にそっくりなんだが。

 そんなことを思ったせいか、俺のところまで臭いが漂ってきた。


 く、くせぇ。鼻がもげそうなほどくせぇ。筋トレすると言っていたが、あの豚っぽいアレもするのだろうか。そんなことしたら、今の臭いにさらに汗という強烈なにおいが加算されて大変なことになる。

 どうにかして止めなければ。


「臭いから運動するな、あっち行け」


 つい、本音が漏れてしまった。

 俺の本音を聞いてしまった女性は、顔を隠してその場に蹲る。


「ちょっとダーリン、それは酷すぎるんじゃない」


「俺だっていうつもりはなかったさ。臭いと思っていたのは事実だけど、好きで誰かを傷つけることなんてしたくない」


「じゃあなんであんなことを言ったのよっ」


「ゴメン、本音が漏れた」


「ちょっと気を付けてよね。彼女は繊細なんだから」


 サクレは鼻をつまみながら彼女を慰めた。

 お前のほうが失礼じゃねぇか。ふざけんな。

 今度、あいつに作った料理にあいつの嫌いな食べ物を入れてやろうと誓った。


「ごめんね、ダーリンが暴言を吐いてしまって」


「め、女神様も鼻をつまんでいるじゃありませんか。うう、しょせん私は臭いもきつい醜い体をしたお豚ですよ。ダイエットをしても逆に体重が増えるし、肌の手入れをしたら腐った臭いがではじめるし、何をしてもあの子をぎゃふんと言わせられない。きつい修行を乗り越えて痩せても、うわぁ美人なのに腋臭が残念な人みたいっていうんですよ。どうして私はきれいになれないのっ」


「まあまあ、落ち着い、うぅ……………て」


「うわああああああああああああああん、しょせん私は臭い人間なんだ、人間以下の生物なんだ生ごみなんだぁぁぁぁ。もう燃えるごみの日に出してよぉぉぉぉぉぉぉ」


 うわぁ、すげぇ泣いてる。しかも彼女が口に出している内容が酷い。

 確かに、悪役令嬢って言ったら、最後にざまぁをされる側なんだが、主人公に普段からぼろくそに言われて、最終的にざまぁ展開に陥れあれるこの子がすごく可哀そうに見えて来た。

 あの作品、悪役令嬢に対してはとても厳しかったからなー。


「なあサクレ」


「何よダーリン」


「筋トレとかダイエットとか消臭するとかそんなこと言っている前にさ」


「ちょっと待って、私消臭しろなんて一言も言ってないんだけど。訂正して。私が彼女を臭いから消臭しなきゃ的なことを語っていたみたいに言ったことを訂正してっ」


「女神様、私に消臭力? というものを吹きかけてました。魔法のエキスを振りかけているのよと最初は言っていましたが、やっぱりこのにおいが原因だったのですね、ひどいです、女神様」


「お前、今日の晩飯抜きな」


「ちょ待ってよぉぉぉぉぉぉぉぉ。ごめんなさい、私が悪かった、だからご飯抜きだけはやめてぇぇぇぇぇ」


 サクレが俺の足にしがみつき、泣きながら懇願した。なんて哀れな女神様なんだろうか。

 俺はめんどくさそうにサクレを振り払おうとしながらも、デブ子な彼女に視線を向けた。


「こいつ、転生神と言って、迷える魂を無数にある世界のどこかに転生することが出来る神様なんだよ。よかったらいい感じに転生してもらいな」


「で、でも……転生って言われても」


「転生したら、お前が言っていた自分の嫌なところ、すべて治るかもしれないぞ」


「っ!」


「だって転生だぞ。今までの自分を捨てて、新しい自分に生まれ変わるんだ。赤ちゃんの時からどっぷりデブオークだったなんて聞いたことがない。やり直しは出来るはずさ」


「うう、親身になって考えてくれてありがとうございます」


 いや、別に親身になって考えていないんだけど。というか、サクレが仕事しないから内容を代わりに説明してあげているだけなんだが。これは彼女に言わないほうがいいだろう。


「女神様……」


「どうしたの臭い子ちゃん」


「お前……」


「わぁ、ごめんなさい。真面目にやるからアイアンクローだけは。お願い君、早くお願いを言ってくれないかなっ。私の命がやばい」


 そこは危ないだろう……。

 心の中でついツッコミを入れてしまった。なれって怖い。


「私の体を痩せて臭いもない一般的な容姿にして、生まれ変わらせてください」


「ほいきた、ほら見てダーリン。私だってちゃんと仕事しているんだよっ」


 サクレはデブ子から視線を外し、俺を見つめながらデブ子を転生させた。

 こういう時、大抵何かしらの問題を抱えている。


「やべぇ、彼女にデブ化と悪臭化の呪いが付いたままだった、てへぺろ」


「てへぺろ、じゃねぇよ。何のために彼女が転生を望んだんだよ。さっさとその二つを解いてこいっ。それまではお前のために料理を作らん。ドッグフードと生野菜で我慢しろ」


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、いってきます、いってきますからそれだけはご容赦をぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 サクレは泣きながらまたどこかに消えていった。

 泣くぐらいなら最初っからミスをしないように気をつけろよ。

 そろそろ学習してほしいと強く思った。

 けど無理だよね、だってあいつ、駄女神なんだもの。

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