第十五話~歌ってみた? 踊ってみたっ!~

「シュッシュ、ジュバジュバ、バシーンバシンっ! ゴロゴロゴロ、ゴロゴロゴロ、デンデン、シュッシュ、バーン、えへへ、ごめんチャイ、ドンドン。シュッシュ、デデーン、えいさほいさ、ゴロゴロゴロ、ドン、ドキッ、キャ、う、エッヘン、ドヤ、ガシガシ、何これ、食べ良い、食べて良い、バン、ドン、テケテケ、いただきます」


 奇怪な声が聞こえて来たせいで、俺は目を覚ました。

 意味のない言葉がリズムに乗って流れてくる。効果音的なことや、普通の単語などを、ただただ言っているだけなのに、まるで歌を聞いているよな気分になった。

 だれだ、リズムとテンポよく喋っている奴は。

 なんて考えながら眠気で閉じている目をこすり、音が聞こえてくる方向を見つめた。


 俺の目に映ったのは、奇怪な歌を歌いながら踊っている、サクレの姿だった。

 しかもカメラを出して、その目の前で、変顔? まではいかないけど、結構面白い顔をしながら踊って歌っていた。

 あいつ、一応女神様だろう。一体何をやっているんだ。


「シュッシュ、ドッカーン、デデーン、あ、ダーリン。起きたの、じゃーん」


「ああ、おはよう。ところでお前、何やってるの」


「歌ってみたと踊ってみたをやっているのよ」


「これまたなんで?」


「えっと、ゆうなんとかって動画サイト知ってる?」


「ああ、YouTubeね。それがどったの」


「アレで、効果音とか擬音的な表現とかいただきますとかごちそうさまでした、だけで歌っている動画? を見つけてね、とってもハマったのっ! すっごくテンポよくて、私、好きになっちゃった」


「ああ、あれか」


 俺も見つけたのはたまたまだった。ボイスロイドだったか、ボーカロイドだったか、紲星きずなあかりの追加音声素材だけで歌を作ったという動画を見つけたのだ。

 あれがあまりにもツボって、何回も見たことがある。何だろう、こう、中毒性がある感じだ。


「だからね、私もその人を超リスペクトして、歌ってみたと踊ってみたをやろうかと思ったのよっ」


「歌詞違くねぇ」


「そこらへんは雰囲気でやるからいいわ、大丈夫、私に任せて」


 なんだろう、何にも任せちゃいけない気がした。


「じゃあいっくよー。ドドン、どっどっどっど、デン、ジャン、お、あ、うろうろ、じゃあねぇ、また明日、あいーん、じゃ、よっよっ、ただいまー、どん、ぱ、デーン」


「ヘイヨー、俺たちみんな、兄弟イエーイ、世界は平和、俺は末期、明日は晴れるや、シャッキーン」


 ん?


「ドッガ、よっ、ガタン、ガタン、これどう? あれ、これ、さっき、見たっ! え、これ? ほしい、あげない、うはは、ぐすん、はくちょん、食べていい?」


「何いってる、それ駄目、俺の晩餐取らないでっ、これはあげるよ、ピーマン嫌い、お前うまーいでも、俺まずーい」


 俺の見間違いじゃないよな。


「うん、もらう、いただきます。もぐもぐ、もぐもぐ、ごくりんこ、おかわり、肉、肉、もっと、もっと、ぐへ、ちょっと、お茶碗、落ちちゃう」


「へっへ、俺は、料理人、最高、料理、食べさせるっ、へいへい、どんどん、ドクダミ、あほくさ、バクテリア、混ぜて青色、青酸カリ、ほらどうぞ、おいしいスープ、いぇい!」


 見間違いじゃなかった。

 サクレが不思議な踊りを披露しながら意味不明なことをリズムよく言っている隣で、怪しい踊りをしながら、これまた意味不明なことをリズム欲言っている、サングラスとマスクをかけた女性がいた。


 二人は、いったん踊って歌うのをやめて、互いに見つめ合う。そして、にこりと笑ったかと思えば、互いに拳をくっつけ合う。


「あなた、結構いいセンスしているわね」


 俺はそうは思わないぞ、と口が裂けても言えない。言ったらどうなるか分かっているから、言えなかった。


「あなたもね。私もテンション上がっちゃった」


 サクレが同調している辺り、あの女もだめだろう。でもあの女、迷える魂じゃないだろうか。だったら仕事しないといけない気がするけど。

 今回は見守ることにした。

 だって、今回は何もしないほうがおもしろそうだし。


「さぁ、もう一曲いくよっ!」


「おうっ」


 そして始まる、混沌とした歌。


「君を信じていた私を、君は信じてくれなかった。私は貴方のことをこんなにも想っていたのに、どうして君は私のことを見てくれないの?」


「ガシャーン、食器、落とした、やべぇ、どうしよう、怒られる、怒られる、チラ、チラ」


「君はいつもそっけなく、私をぞんざいに扱う。こんなに尽くしているのに、君は一切振り向かない」


「おろおろ、おろおろ、なんか、最近、見られてる。怖い、やべぇ、ドンドン、バチバチ、戦う? 戦う? シュッシュ、シュッシュ、ジャジャーン、デーン、フェルマータっ」


「でも、たまに私に向けてくれる笑顔があるから頑張れる。今はその笑顔を私に向けてくれない。悲しくて、悲しくて、涙が出る。このままじゃ終われない。友達だけじゃ終われない。私は君のことが好きなんだ」


「豚骨、しょうゆ、どれにしよう、みそ? 塩? どれもいける、ハリガネ、ハリガネ、粉落とし、ずるずる、ずるずる、おお、ん?、アレ、足りない、替え玉、ずるずる、ずるずる、ごちそうさまでした」


「君がフラれて落ち込んでいる時、私は少しだけうれしかった。私にもチャンスがやってきた、そう思ってしまった。だから私はーー」


「わーい、子ウサギ、おいしそう? おいしそうっ 食べなきゃ、食べなきゃ、いただきます」


 ちょ、フラれてた男の元に行って、子ウサギ食べなきゃいただきます、はないだろう。サクレ、なんて恐ろしい子なんだろう。


「それでもきっと君は振り向いてくれない」


「お、10円、ラッキー、拾おう、やったー」


「どうしたら君は振り向いてくれる?」


「家系ラーメン、奢って、奢って」


「どうしたら、私の愛に気が付いてくれる」


「定価30円」


 愛って安いのな。家系ラーメンにプラス30円って……。


「そして私は知った。知ってしまったんだ」


「え、君誰? ストーカー?」


「私たちはまだ、知り合っていない」


 ひでぇな、なんだこれ。でもちょっとだけ面白かった気がする。

 それに、サクレと変な女が再び拳を合わせて笑いあっていた。

 あいつらも楽しそうだから、まあいいや。

 一通り踊ってみたと歌ってみたをやった後、満足した女性は、ドイツのちょっといいところに転生したらしい。


 あの女がいなくなった後も、サクレのブームは終わらない。

 夜がうるさくて眠れなくなった。

 あいつ、一度ハマるとなかなか抜け出さないな……。もう40時間歌って踊ってやがる。

 あきれ果てた俺は、ジャーマンスープレックスを食らわせて、サクレを絞め落とすのだった。

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