執務室にて
「ドン、おはようございます」
「……ん、おはよう」
執務室と自室(寝室)は扉一枚で繋がっている。
ただ自室行くには、この執務室を通らねばならないが少々面倒だ。
着替え終え執務室に繋がる扉を開ければ、そこで待っていたカルロから丁寧にお辞儀までして朝の挨拶がやってくる。
それにオレも答えつつ、執務机に設置された高級な革張りの椅子に腰を下ろす。
これがなかなかに座り心地が良い。背凭れに凭れ掛かると、程よいクッションが身体を包み込む。
ロジータも後を追って部屋から出て来たが、颯爽と執務室からも出ていってしまった。
「良く眠られましたか?」
「ほぼ一日寝たようなもんだからな、良く寝れ方だと思うけど。そんな話をしに来たんじゃないだろう」
カルロは机を挟みオレの前に立つ。
こちらは座っているために、自然と見下ろされいる形になる。まぁ元々カルロの方が背は高いために、オレの視線はいつも上を向くが。
表情は一見微笑んでいるように見えるが、事実カルロの目は全く笑ってはいない。
チェルソの記憶によれば、彼がこの表情をするときは大抵は怒っている時。
何に怒っているかは不明ではあるも、一先ず話を進めよう。
「昨日の件、あれからどうなった?」
オレは昨日、帰って来てから面倒ごとを全て部下に任せて早々に寝てしまった。警察や救護の者を廃工場に呼ぶ事も、それら全てを任せた。
ただしこのマフィアが関わっている事は伏せて、一般人の二人が無断で廃工場に忍び込んだ所を大量死体を発見、慌てて警察に連絡。
そんな適当過ぎる話の方向で進んだ。
無論、一般人は偽物でプロベンツァーノファミリーの構成員。
「警察は一般人役の二人を疑いもしませんでした。流石にギャング集団、それも200名程居るのを二人だけで殺したとは思わなかったようです」
「そ、そうか……」
事実エルモとフェルモの二人だけで殺ったんだが……やはり普通では考えられない事みたいだな。
「一応、事情聴取はされたようですが、すぐに解放されました。今頃警察は、ギャング集団を誰が殺したのか捜査中です。……ただ、頭を抱えた悪さする連中が纏めて居なくなった事に喜び、警察は早々にこの捜査を打ち切るかと思われます」
なるほど。警察としてもやはりギャング集団は居なくなってくれた方が良かったのか。
その居なくなる──が、死を意味するものでも。
相手がどんな連中であれ、死体になってくれて喜ぶ警察か……いや、今のオレではどうこう言える資格はないな。
しかし警官であるセルジョの父親は、この事をどう思ったのだろう。
いくら酷い事をされ親子の縁が切れたといっても、息子の悲惨な姿に少しは同情しただろうか──それとも、バカ息子も一緒に死んでくれればと思ったか。
「あの腐ったリーダーはどうなった?」
「それなんですが……」
「……手遅れだったか?」
カルロの表情が一瞬曇る。
あの状況からでは救護が来る前に死に絶えたかとも思ったが、カルロはオレの問いには首を左右に振り否定すると言葉を続ける。
「いえ、そうではなく。偽の二人が工場に着いた時点で、セルジョ・デュパールは既に姿を消しておりました」
「はぁ!?」
「ただし、そこに居た痕跡はしっかりと残っておりました。血痕も証拠となりますが千切れた腕が一本、工場内に落ちていたそうです」
セルジョが姿を消した?
両膝は弾丸を食らい、とても歩けるような状態ではなかった。身体の骨も何本か折れていた筈。
それに顔面もボロボロ。血だらけと腫れて見えにくい視界──腕も千切れていたのなら、余計に動き回れるような状態とは思えない。
まだどこかに仲間が居た? 隠れていたその仲間に助けられた──それが一番考えられる事だろうか。
しかしあのセルジョを助けて、何かメリットがあるとは思えない。
セルジョ率いるギャング達は、悪事をしてもセルジョが居る事で警察から避けられていた。それだけの事。
もしも警察に捕まりたくないのなら、ボロボロのセルジョを助けるよりも、いち早く自分が逃げた方が良い。
怪我人を連れていては目立つし、その分警察の目が行くリスクは大きくなる。
「セルジョ・デュパールが工場周辺に居ないか、念のために我々の方で捜索はさせましたが、未だ見付かってはおりません。因みに警察はまだ、千切れた腕の持ち主はわかってないそうです」
「何故そんな事まで知ってるんだ……」
「……? ドンなら我々の情報網の広さはおわかりでしょう? 記憶が戻ったんですから」
「……」
しまった……ここで記憶の事をつつかれるとは思わなかった。
「捜索範囲を広げ、セルジョ・デュパールを探し出した方がよろしいでしょうか?」
「……え? ああ、そうだな。元気になってまた悪事をされても困る……見付けたら警察に投げ込んでやれ」
「わかりました。では、引き続き捜索をさせます」
あの状況からでは、元気になるには相当時間が掛かるだろう──まだ生きていれば、の話だが。
それよりも、セルジョが関わった闇医者の存在を知りたい。カルロの事だからもう調べさせたかもしれないが、そこもつつけば何か悪い事が出てきそうだ。
まぁ闇医者と言うくらいなのだから、表向きでは出来ない事をしているのは事実ではあるだろう。
「一先ずこの件は置いておくとして……ドン、何故そのような態度を取っていらっしゃるのですか?」
「態度?」
カルロの言葉に一瞬何の事かと理解が出来ず、眉を寄せ首を傾げる──が、その後すぐに心当たりに思い付く。
オレは表情を見られないよう、ゆっくりと椅子を回転させ、カルロに椅子ごと背を向けた。
なるほど。カルロが怒っていた原因は、ここにあったか。
「記憶は戻られた筈です。私はエルモ、フェルモの二人からそう聞いておりますよ。それなのに何故まだ、ドンは弱体化した演技をしていられるんですか」
演技か……記憶喪失の次は、演技疑惑が掛かってしまったか。
オレに起こる変化について、考えていた言い訳を答える時が来たようだ。
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