切り札
地面から靴底が離れたかと思えば、一瞬にしてチェルソとの距離を詰める。
セルジョは右腕を肩まで持ち上げ──同時に体重を左脚に掛けると共にその反動を利用し、瞬時にナイフを振るった──
ビュン──ッ
空間を切る音。
後方に引く間際、チェルソの顔面スレスレにナイフが横切っていく。
「チッ……」
セルジョとしては狙った獲物に刃が当たらず、舌打ちを鳴らす。
だがこんなものは計算の内。
現在互いの区間が50センチにも満たない。
セルジョは今し方振るった方──右手に持つナイフの柄をクルリと回転させ、持ち位置を変えた。
ここまでの区間、僅か1秒。
そして次の1秒を経たずしてセルジョのナイフは目前の頭部を狙い、横から一突き──
「遅い」
チェルソは屈む。直後勢い良く頭上を走るナイフ。
──この至近距離でかわすなんて!?
セルジョの腕が動くのと同時に、チェルソは既に避けていた事になる。
その素早さにセルジョ頬がより引きつる感覚が襲う。
もはや抉れた頬の痛みなど、脳から吹き飛んだ。
しかし屈みかわしたといっても、一呼吸する間にも次の一手が襲う。
セルジョの左手に構えるナイフが、屈むチェルソの脳天目掛け振り下ろされた。
「それで俺は殺せない」
笑みを浮かべ呟くと、チェルソは後方に身体を回転させ、その場を退くと同時に片腕を地面に着いた。
刃物が下がりきったタイミングを狙い、チェルソは勢い良く脚を伸ばす。セルジョの腹を目掛けて──
ダンッ
「ぐぁあっ!?」
チェルソの脚は見事に腹へ命中──口から唾液を飛ばし、そして衝撃の強さから、セルジョは後方に数メートル靴底が地面の上を滑る。
工場内の土埃が舞う。
受けた衝撃の痛みに一瞬顔を歪ませるセルジョだったが、ほんの一瞬前から目を逸らした隙に居る筈の人物が姿を消しているではないか。
──嘘だろう……あの体勢から一瞬で消えた!?
「何処に行った!?」
緊張が高鳴り、冷や汗が背筋を伝う。
焦り辺りに視線を向けようと、顔を動かしたその時──
「ここだ」
「……ッ!?」
セルジョの背後──それもかなりの至近距離から掛かる低い声。
ゾワリと震え、嫌でもわかる。背後の人間は楽しそうに笑ってるのが。
気付かれぬよう小さく息を吐く。
意識を集中させナイフを握る手に力を入れれば瞬時、背後の人物に向かって両手のナイフを振り払う──
が、刃先が肉を抉ることはなく、完全に振り向く前に再びチェルソの足技が襲う。
先程よりも強い衝撃がセルジョの背中に打撃を与え、それにより前方へ吹き飛ぶ。
ドオォン……ッ
「──ぐぁはッ!?」
蹴り飛ばされたセルジョは、真っ正面から工場の壁に叩き付けられてしまう。
壁は凹みひび割れ、セルジョはドサリ……と地面に落ちる。
「ん、この程度か。少し鈍ったな」
蹴り上げた脚を下ろし、ぼそりと呟いたチェルソは顎を擦る。
現在の身体の調子を確かめ、納得がいかず眉を寄せた。
どうやら己の魂が
「あー……くそ、いってぇなあ……」
チェルソが暫し己の考えを巡らせている頃、頭部からダラダラと血を流すセルジョが揺らめきながら起き上がる。
その場に立つと同時に、口から吐き出された血を袖で拭う。
血で汚れ、激突で破れた袖を肘まで捲り──セルジョは手元を離れ落ちたナイフを拾い上げ、呼吸を整える。
片手で武器二本を持ち、空いた手をスラックスのポケットに突っ込み何やら取り出そうとする仕草。
そしてポケットから手が出ると、そこにあったのは注射器。
三本もの容器には、既に液体が存在していた。
「俺は確かにあんたらよりは弱い。けど、さっきのチビ野郎といい……ただ遊ばれてるのはムカつくんだよ。せめて死ぬなら、傷一つくらいは付けたいもんだねぇ!」
目をギラつかせ、口は歪んだ笑顔を浮かべ、大声で叫び出す。
するとセルジョは手にする注射針を、躊躇無く思いきりグサッと自身の腕に突き刺した──
それも三本全て。
「それがお前の切り札か?」
「まぁ……そんな、ところさ……俺が闇医者で手に入れた、最高な薬だよ」
次第に目元は虚ろみ始めたが、セルジョの身体は揺らめきながらも一歩ずつ確かに前へ進む。
向かう先は無論、チェルソ・プロベンツァーノ。
まだ足取りは緩いが、その目は確実に殺気溢れる殺人鬼であった。
「薬で飛ばして殺り合うか……薬中が……まぁいい。俺を楽しませてみろ!」
「うああっ!!」
その言葉を羽切にセルジョが先に動く──
緩い動きから一変、急激にスピードを上げチェルソに向かって走り出す。
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