喫茶店での境界模索

【お世話になりました】そうま

探しても無駄かもしれない


 沢山歩いたからいつもの喫茶店で休もうと言い出したのは私からだ。クラシックやジャズには疎いのでかかっている曲はよく分からないがお洒落で、店内に一歩足を踏み入れればいつも少し大人になったような気分になれる。初めて幼馴染にお化粧をしてもらった時の高揚感と似ているかもしれない。

 今日も2人でいつもの向かい合わせの席に座り、ホットの珈琲を頼む。私はブラックで、幼馴染は蜂蜜入り。本人は昔から美容のためだと言い張っているが、苦い食べ物も辛い食べ物もてんでダメなのだ。まだ砂糖や蜂蜜がないと珈琲が飲めないことをいじると、もう!と言って膨れる頬が相変わらず可愛らしい。珈琲といえば……

「ねえねえ、珈琲がダイエットに良いって雑学、本当なのかな?」

 相手は高校を出てからずっと都会に暮らし、仕事柄海外にも行くことが多い。最近のファッションもちょっとした雑学も何でも知っていると思って質問したが、どうやらそうではないらしい。

「だとしたら毎朝飲んでる私はなんでデブなままなのかしら?」

 そう言って幼馴染は腕やお腹をつまむ。デブなのではなく筋肉質なんだと思う。以前同じような話でそう返事をしたら、私には難しい話をされたので言わない。職業柄体型や見た目に気を遣っていて、携帯には頻繁に仕事の連絡が来ている。幼馴染がこんなに人気者になるなんて思わなかった。

「うーん、蜂蜜入れているから?」

「やっぱり?……帰り1駅歩こうかしら」

 くるくる表情が変わる顔は見ていて飽きない。昨日染め直したというこげ茶の髪も、衣装で着たものをそのまま買い取ったという今日の服も、とても似合っている。自分を綺麗に見せることに余念がない。幼馴染ということを抜きにしても素敵だと思う。この人の横にずっと居たい、なんて我が儘、言ったら怒るだろうか。


 今日は私も相手も1日お休みだったので朝から2人で遊びまわった。学祭のために練習で通ったカラオケ、よく買い物に行った若者向けの洋服屋、中高生に混じってゲームセンターでプリクラも撮った。最後に撮ったのは多分大学の卒業式だと思うから、2年ぶりくらいか。長財布に入れていたプリクラを見返しながら今日のことを振り返る。

「なんかこうして2人で遊ぶと、年齢を忘れるよね。学生時代に戻る感じ」

「確かにそうね。……よく私とつるんでたわよね、あんた」

 いつもより少し低めの声になる。プリクラから相手の顔に視線を移すと、そこには笑顔ではなく真剣な眼をした顔があった。

「だって、私変な奴扱いされてたじゃない?小学校の頃は気持ち悪いとか言われてたし、中高も制服着たくないって騒いで私服で通える中高一貫校お受験したし」

「愚問だよ、一緒に居たら楽しかったんだもん。今日も楽しかった。忙しいと思うけどまた遊んでね」

「ありがとう。あんたも大変だと思うけど無理しちゃ駄目よ」

 そう言うとまた笑顔に戻る。私はこの人の笑顔が本当に好きなんだなと思う。次いつこうやってゆっくり会えるか分からない。この想いを伝えるべきなのか。このままこの人のことを幼馴染として応援するべきなのだろうか。いつもと同じ珈琲のはずなのに、一口目から全く味が分からない。


「あのね、私」

「その先は言っちゃ駄目よ。私はこの友情を壊したくないでしょ?」

 林龍之進(はやしりゅうのしん)。龍のように勇ましく人生を進めてほしいという両親の思いをどのように受け取ったのか、現在浮き沈み激しい芸能界でメイクアップアーティスト兼ライターという仕事をしている。今回遊んだ時の話や写真を仕事で使っていいかの確認も事前にされていた。SNSの人気も絶大で、特に20代~30代の女性のハートをガッツリ掴んでいる。

「龍くん、いつもお話聞いてくれてありがとう」

「どういたしまして、あと龍くん呼びやめて」

「あっ、ごめん。えっと、新しい名前、なんだっけ?」

「もういいわ、あんたからは龍くんじゃないと落ち着かないかも」

 そして先日、ブログにて性同一性障がいを発表。また、今後は本名である林龍之進ではなくあだ名であった「たつの」という名前で活動していくらしい。私には難しいことが分からないが、簡潔に言うと男性の体だけど心は女性であり、恋愛対象は男性と女性どちらもである。


「龍くんは私の想いをずっと気づいてたの?」

「ええ、幼稚園の頃からね。小6の時だっけ?あんたに正直話したら諦めるかと思ったけど全然だったわね」

「余命3ヶ月です!とかだったら短い時間を好きな人と好きなように過ごして欲しいって諦めたと思うけど、性別がどうとかなら関係ないかなぁって。龍くんにゴチャゴチャ言う奴出てきたら私が倒すから頼ってね!」

「あんたはたまに物騒なこと言うわよね……ってもしかしてあんた中高と柔道部入ったのって」

「そうだよ、龍くん守るため」

 親をどうにか説得して龍くんと同じ学校に入った私は、護身術を学ぶためと周囲に嘘をつき柔道部へ入部した。県大会ベスト4に入ったこともあり、今でもお世話になったコーチが居る教室へ定期的にお邪魔している。

「もの好きね、あんたは」

「ありがとう、褒め言葉として受け取るね」

 珈琲を飲んでいるはずなのに、夏にラムネを飲んだ時のような爽快感が私の身体を占めている。フラれたはずなのに、何故かとても清々しい気持ちでいっぱいだ。

「これ飲み切ったら帰るわよ、明日の仕事の準備しなきゃ」

 両腕を空高く伸ばし欠伸をする龍くんのコップには、あと3分の1程の珈琲が入っている。この3分の1がなくなるまでの間に、今後友だちとして過ごすのだと心を入れ替えられるだろうか。

「私に覚悟があればあんたの横にずっと居てあげられたのにね……」

「どういうこと?」

「なんでもないわ、気にしないでちょうだい。お花摘んでくるわ」

 鞄からSNSでお気に入りだと話していた化粧ポーチを出して席を立つ。確か、紹介した次の日に注文が殺到して売り切れになったんだっけ?私も先日郵送で同じブランドの別デザインのポーチと化粧品を誕生日プレゼントとして貰った。今日の化粧はその時貰ったものでしてみたが会った瞬間色々注意されたので、私にあの化粧品たちは豚に真珠な気がした。……龍くんは何故今でも私と仲良くしてくれるのだろう?芸能人の友だちだって沢山居るだろうし、オシャレなお店も沢山知っているだろうし、お金だって絶対そこらの社会人2年目より沢山持っているだろう。それなのに、オシャレもよく分からず化粧も下手な私と、学生時代からずっと同じお店に行って仲良くしてくれている。龍くんの横に居たい、先程まではそう思っていたはずなのに、今は居るべきではない気がしている。自分でも分からない。


 ──私は龍くんとどうなりたいの??

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