エピローグ
「退院おめでとう、久間倉君」
「おめでとうございます」
木原との戦いの一週間後、僕は無事入院生活を終え、病院を出たところで待っていた村雨と文月ちゃんにそんな言葉をかけられた。
「二人ともありがとう」
僕も感謝の言葉を二人に返す。
この入院生活の間、村雨と文月ちゃんは毎日僕を見舞いに来てくれた。(二人とも絶妙に来る時間が被っていなかったのは何か計画めいたものを感じたけれど)
「思ったより早く退院できてよかったですね。名残惜しいですが、そこにタクシーも用意しておりますので、お二人ともお使いください。あまり病み上がりのお体を酷使させるわけにはまいりませんので。お話はまた次の機会に」
そう言って文月ちゃんはタクシーの方へ手を差し出す。
相変わらずよくできた子だ。
「そうね。ほらロリコ……じゃない、久間倉君。早く行きましょうよ」
「おい、待て。お前今僕のことをロリコンって言おうとしただろ?」
「そんなことないわ。ほら、荷物を頂戴」
村雨はそう言って僕から荷物を奪うと、タクシーのトランク部分に手際よく乗せて運転手にマンションの住所を告げる。
「文月ちゃん、今回は本当にありがとう。それじゃあまたね」
「ええ、また」
そう言って僕もタクシーに乗り込んで自宅へと帰った。
「ありがとな」
移動中の車の中で唐突に僕は口を開いた。
「急にどうしたの?」
「いや、何となくお礼を言いたくなって」
今回は本当に村雨に助けられた。
(最後に撃ち殺されそうになったような気がするけれど、それは日常茶飯事なので目をつぶろう)
「気にしないで。私は久間倉君の、その……彼女だもの」
「お、おう……」
急にそういう素直な感じを出されると照れる。
と、隣の村雨の方を見ると、彼女も頬を赤く染めており、僕に目を合わせないように窓の外を向いていた。
僕の彼女は可愛いと、そう思った。
「村雨、はいこれ」
「――?」
僕は村雨にラッピングされた箱を差し出す。
「何? これ?」
「いいから開けてみろよ」
よく分かっていない様子で、村雨はそのラッピングを丁寧にほどいていく。
「久間倉君、これって」
ラッピングの中に入っていたのは銀色の少し高級そうなフォークだった。
「この間壊しちゃっただろ? だからそろそろ新しいのが必要かと思ってショッピングモールで買っておいたんだよ」
本当は先週渡したかったが、木原の襲撃ですっかり渡すのが遅くなってしまった。
「まあ、その……なんだ。お前もよく知っているように、僕ってどうしても朝が嫌いだからさ。だから……これからも僕を起こしてほしいし、朝食なんかも作ってくれると、すごく嬉しい」
僕は目をそらして窓の外を見ながら言った。
窓に映る僕の顔は少し赤くなっているようだった。
「久間倉君、それは『毎日俺の味噌汁を作ってくれ』的な意味ととらえていいのかしら?」
「よくないな」
僕は即答する。
でも、今ではそれが村雨なりの照れ隠しなのだということが僕には分かっている。
女心については今でもよく分かっていない僕だけれど、それでも少しずつ分かるようになってきた――それも自分の愛する恋人のことならなおさらである。
そう言っているうちにタクシーが僕たちのマンションの前に止まる。
「さて、帰ろうか」
「ええ、帰りましょう」
――僕たちの日常へ。
僕たちはともに手を引いて、持って帰ってきた荷物もお互いに半分ずつ持ち合いながら一歩ずつ進んでいく。
無様で、未熟で、不完全で、決してヒーローなんかじゃない僕たちはお互いの手を取って――未来へ向かって、歩いていく。
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