第22話 僕はヒーローなんかじゃない その3

005


「おはよう、久間倉君。今朝は早起きなのね。朝食を作ってあるから私の部屋で一緒に食べましょう」


 翌日、僕が珍しく午前中に目が覚めると、当たり前のような顔で村雨が僕の枕元でそう言った。


「今日の献立は何?」


 ここでどうして僕の部屋にいるのか問い詰めるようなことはしない。


 そんなことをしても結局煙に巻かれるだけだと経験則で分かっているし、大人しく流されていた方が面倒なことになる確率が低いからだ。


「今日はスクランブルエッグとベーコンよ。あと久間倉君の好きなパン屋さんの食パンとマックスコーヒーも用意しているわよ」


「……すぐ行くよ」


「分かったわ。先に部屋に戻って準備しておくから支度が出来たら私の部屋まで来てね」


 そう言って村雨は僕の部屋を後にして、僕はいそいそと起き上がった。




 ――悔しいが、村雨の作る料理はおいしい。


 これはこいつと付き合ってよかったと思う数少ないポイントの一つだと思う。


「女の私から言わせれば、好きな男の胃袋をつかんでおくこと以上に大切なポイントなんてないと思うのだけれど」


 そんなことを言いながら僕たちは村雨の部屋で朝食をとっていた。


 村雨と僕とは隣同士に住んでいるということもあるのだけれど、もう何度もお互いの部屋を訪れていて(村雨は勝手に侵入してきて)もはや同棲しているような気分だった。


 普通の高校生たちが経験するような清い男女交際なんてものは僕たちには当てはまらなかった。


「何を今さら。どう考えても私たちに普通の恋愛なんて無理でしょうに」


「こんなどろどろの関係になったのは絶対にお前の方に責任があると思うけどな」


 僕たちはお互いに悪態をつきながら、僕はマックスコーヒーを村雨はブラックのコーヒーを飲んでいた。


「私たちってどうひいき目に見ても、好みも違うし相性も良くないのにどうして上手くいっているのかしら? 時々不思議に思うわ」


「僕たちが上手くいっているように見えるのならお前は病院に行った方がいい」


「ところで今日の予定なのだけれど、昨日から雨も止んでいないし、やっぱりショッピングモールに行きましょうよ。バスで行けばそんなに濡れないわ」


「いいんじゃないか? どうせ家にいても暇だし」


 こいつはよくこんな風に突然話題を変える。そして僕もそれを当然のように聞き流す。


「えいっ」


 突然、そんな可愛い掛け声とともに村雨は手に持っていたフォークで僕の腕を突き刺す。


「……どうかしたか?」


 もちろん僕には傷一つついておらず、むしろ僕を突き刺そうとしたフォークの方が曲がってもう使い物にならなくなってしまったのだけれど、一応何で刺されたのかくらいは聞いておきたいと思った。今後の参考にするために。


「いえ、気にしないで。何となく久間倉君の反応が気に入らなかったから突き刺してやりたくなっただけよ」


「そうか。次からは気を付けるよ」


 正直何に気を付ければいいのかまるで分らなかったけれど、とりあえず僕はそう答えておくことにした。


 こう言っておくことでとりあえずこの場は収まるということはこれまでの付き合いで分かっていたからだ。


「じゃあそろそろ準備していきましょう。今から支度を始めれば丁度バスの時間に間に合うわ」


「分かった。じゃあ僕は一度自分の部屋に戻るよ」


 そう言って僕は立ち上がって座っていたイスをもとの位置に戻してから村雨の部屋を出た。


「何となく今日もろくなことがないような気がする」


 僕は部屋に戻った瞬間、そう呟く。


 残念ながら、僕のこういった予感はよく当たるのだ。




006


「あら、久間倉さんに村雨さんではありませんか。お久しぶりです。こんなところでお会いできるなんて奇遇ですわね」


 どうやら、僕の予感は外れたらしい。


 僕と村雨がバスに乗ってこの付近では一番大きいショッピングモールに到着して特に目的もなく散策していると、偶然そこで文月ちゃんと遭遇した。


「やあ文月ちゃん、奇遇だね。そっちも買い物か何か?」


「ええ、実は私こうやって休みの日に一人でふらっと買い物に来ることが昔から夢でしたの」


「そうか。それはよかったね」


 文月ちゃんはつい先月まで後天的な病気のせいで目が見えなかった。しかし、今では手術も成功して目が見えるようになったため、こうやって一人で買い物にも来られるようになったことは本当に微笑ましい限りだ。


 ……だから物陰に隠れてこちらを覗いている執事の菅野さんの存在は見て見ぬふりをしようと思った。


「なるほど。『一人で』買い物ができてよかったわね。それじゃああまりお邪魔しても悪いし、久間倉君、私たちはもう行きましょう?」


 そう言って村雨は僕の袖を引っ張ってその場を離れようとするが、その反対側の袖を文月ちゃんが掴んでくる。


「村雨さんのお気遣いには感謝いたしますけれど、私『仲のいいお友達と一緒に』こうやって買い物に来ることにも憧れておりましたの。久間倉さん、もしよろしければ私も一緒に連れて行ってくれませんか?」


 文月ちゃんは僕の袖をとても強い力で握ったままそう言った。


「別に僕たちは問題ないよ。なあ、村雨もいいだろ?」


「ちっ、このロリコンが」


 至極まっとうな判断を下した僕に村雨は小声でそんな罵声を浴びせる。


「ありがとうございます。それでは久間倉さん、最初はどこに行きましょうか?」


 文月ちゃんはにこやかな笑顔で僕の袖を引きながらそう言った。


「あら? 村雨さんも早く行きましょうよ? でないと置いていきますわよ?」


「……ええ、行きましょう」


 村雨はそう言ってゆっくり歩きだした。


「大丈夫。私の方がお姉さんなのだから大人にならないと。大人にならないと、大人にならないと、大人にならないと、大人にならないと、大人にならないと、大人にならないと」


 僕の隣を歩く村雨は何やら不穏な独り言をぶつぶつと繰り返している。


 両袖を美少女二人に摘ままれている今の僕は、文字通り両手に花であるはずなのだけれど、二人の微妙に険悪な雰囲気が素直に喜べない空気を作り出していた。




007


 木原那由他は追い詰められていた。


 いずれ来るだろうとは思っていたが、それでも予想していたよりも早く『そいつら』はやってきた。


「木原那由他、無駄な抵抗は止めて大人しく我々に同行しろ」


 木原の敵対している組織である『超人集団』の一員がそう呼びかける。


 彼らは木原が思っていたよりも早く、人員を集めてきたようで、しかもメンバーは以前木原が『超人集団』に所属していたときの顔なじみだった。


「知り合いだったら俺が手心を加えるとでも思ったのかね」


 木原は一人で誰に言うでもなく悪態をついた。


「しかしまあ、これだけの人数をこの短期間で集めて俺の研究所を襲撃するとはな。大したもんだよ。本当に――もう少し遅かったら危なかったよ」


 木原は自分を追ってくる超人たちの前に立ち、


「――変身」


 と、一言呟いた。




 その後、『超人集団』の本部に報告が入った。


 その内容は、木原の研究所を襲撃した超人部隊は全滅、木原那由他は逃亡したというものだった――木原那由他は『空を飛んで』以前隕石が落ちた街へ向かったという。

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