第8話 狂ったパートナー その5
010
「村雨は何でそうやって自分の身を犠牲にしてまで戦うんだ?」
村雨が助けた男の子を無事見送って一通り避難が終わったところで、僕は村雨に問いかける。
「意味なんてないわ。私にはこの生き方しか、この選択肢しか残っていないもの。だから私はヒーローを目指したの――でも、結局私ではヒーローにはなれなかったけどね」
村雨は寂しそうな笑みを浮かべながらそう呟いた。
「私はヒーローを目指したけれど、それには少し弱すぎた。だから私はヒーローにはなれない。だから私の代わりに――」
村雨は僕の方を見て言った。
「――あなたがヒーローになってくれない?」
皮肉にもその言葉は『あいつ』が僕に対して最期に言った言葉と全く同じもので、僕は少し記憶がフラッシュバックしてしまった――まるで、彼女となら僕が春休みにしてしまった大きな過ちを、『あいつ』に対する後悔を払拭できるような気がした。
それでも覚悟を決められない僕は、
「残念ながら、僕はヒーローなんかじゃないし、これからもきっとなれないよ」
と、言葉を濁した。
「……そう」
村雨は少しがっかりしたような声で俯く。
「……僕はお前が思っているよりもずっとずっと弱い。だからヒーローなんかじゃないし、きっとこれからもなれない。でも、常に『そう』なりたいと思う自分も確かにいて……つまり、なんていうか……そう、村雨や僕を信じてくれる人の期待に応えたいし、その人たちが望む自分ではありたいと思うんだよ」
そうやって言葉を詰まらせながら、僕は村雨の目を見てはっきりと告げる。
「だから、僕はヒーローなんかじゃないし、決して村雨が思うほど強くもないけれど、それでも――お前の望む、村雨が期待してくれるような僕でいられるように精いっぱい努力する。
だから、俺のパートナーとしてこれからも見守ってほしい」
村雨はその言葉を聞いて少し驚いた後、
「――ええ、喜んで」
と、とても美しい笑顔で僕に微笑んだ。
011
翌日、いつもと同じように忌まわしき目覚まし時計の音が僕の嫌いな朝が来たことを告げる。
毎日変わらず襲ってくる目覚まし時計への破壊衝動をなんとか抑えながらまた僕はすべてを諦めたような気力のない顔で起きあがる。
いつもと変わらず朝の支度を簡単に済ませると、僕は学校へ向かうため玄関のドアを開けようとしたその瞬間、
――ピンポーン
と、チャイムの音が鳴る。
嫌な予感がして恐る恐るドアを開けるとそこには紙袋を持った村雨が立っていた。
「……ついに家にまで押し掛けるようになったのか? このストーカー女は?」
すると村雨はすました顔でとんでもないことを言い放つ。
「失礼ね。私がそんな久間倉君のプライバシーを侵害するようなことをするわけがないでしょう? 今日は挨拶に来たのよ」
「――? 挨拶?」
「ええ、そうよ――改めまして、本日より隣の部屋に引っ越してきました村雨と申します。ぜひとも末永くよろしくお願いします」
………………………へ? 引っ越し? 隣に?
「最初の挨拶って肝心じゃない? だからきちんとしておきたくて。はい、これつまらないものですがお近づきのしるしに」
そう言って村雨は僕に紙袋を差し出す。中には高級そうな和菓子が入っていた。
「ほら、早く行かないと遅刻するわよ。そんな風に突っ立ってないで折角お隣同士になったのだから一緒に登校しましょうよ」
そう言って手を差し出す村雨に
「――ふざけんな!! 何が『折角お隣同士になった』だ!! 完全に確信犯だろ!! つーか、僕にプライバシーはないのかよ!?」と、僕はひたすらキレ倒した。
「まあまあ、そんなつまらないことは歩きながら話し合いましょうよ。ほら、早く行くわよ」
僕のプライバシーに関わる最重要事項を『そんなつまらないこと』の一言で片づけた村雨は今度こそ僕の手を引いて強引に家から連れ出した。
僕は結局断り切れず、彼女と一緒に登校することになった。
「村雨君、昨日はありがとう」
歩いている途中、村雨は突然僕にそう言った。
「――? 何かお礼されるようなことしたか?」
「嬉しかったの。まさか久間倉君の方から『パートナーになってほしい』なんて言われるとは思っていなかったから」
「――ぶっ!?」
僕は動揺してむせ返る。
「いや、捏造するな。僕はそんなことは言っていない」
「でも『見守ってほしい』とは言われたわ」
「――っ!? それは……言ったけど」
「もうこんなの愛の告白と同じじゃない?」
「違う」
僕はあくまで否定する。
「じゃあ、もう一度ちゃんと言うわ――久間倉君、私と結婚を前提に付き合ってくれないかしら?」
「…………………………いいよ」
僕は恥ずかしいので目を合わせないようにそっぽを向いて答えた。
「あら、意外ね?」
と、その言葉とは裏腹に村雨は少しも表情を変えず言った。
「正直、久間倉君を落とすにはもう少し時間がかかると思っていたわ――子どもっぽいことを聞くようで申し訳ないのだけれど、参考までに私のどこに惚れたのか教えてもらえないかしら?
私ってこれまで久間倉君に好かれるようなことは何一つしていないと思うのだけれど?」
そう問いかける彼女に向かって今度は目を見て
「――顔」
と、僕は端的に答えた。
「え……?」
これにはさすがに少し驚いたようだった。
「私が言うのもなんだけれど、久間倉君はそれでいいの?」
「いいんだよ。惚れる理由なんてあってないようなものだってお前も言ってただろ?」
僕はいつか村雨が話した言葉を引用する。
「理屈じゃないんだよ、きっと。単純に僕は出会った瞬間に人生を捨ててもいいと思うくらい村雨に一目惚れしただけなんだ」
「あらそう? 嬉しいことを言ってくれるじゃない」
僕のそんな適当な言い分で村雨は納得したのか、それ以降は特に表情を変えることもなく、僕から目線をそらした。
それでも、僕は隣で髪をかき上げた村雨の頬が少し赤くなっているのに気づいていた。
「でも先に言っておくぞ。あくまで僕はお前のルックスに惚れたんだからな。お前がこれから顔を怪我でもして今の美貌を維持できなくなったら速攻で別れるぞ。だから――」
僕はそこで言葉を区切り、
「――だから、あんまり危険なことはするな」
と、僕はできたばかりの自分の恋人にそう告げたが、
「無理ね」
と、一蹴された。
「前も言ったけれど、私はこの生き方しか残されていないもの。だから――」
村雨はこれまで見た中でもっとも綺麗な笑顔で
「――だから、あなたが私を守ってね」
と、そんなことを言うのだった。
どうやら、やはり僕よりも彼女の方がずいぶん大人で、子どもっぽい僕が女心を理解できるのはもう少しだけ先の話になるのだろう。
僕たちはお互いに手をつないだまま朝の通学路をゆっくりと歩いて行った。
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