第2話 宇宙人と改造人間の少女 その2
005
別に叙述トリックというわけではないのだけれど、僕が所属する壁新聞部の部室は実は生物準備室だったりする。(おそらく『部室』と聞くと多くの人は使われていない空き教室や物置きのような部屋を思い浮かべるのではないだろうか)
壁新聞部なのに生物準備室で活動していることにはいささか違和感を覚えるかもしれないし、それ以上にそもそもは授業の準備を行うはずの生物準備室を部室として使用することは問題ではないのかと思うかもしれない。
おそらく厳密に言えば問題があるのだろうが、しかし幸いなことに今のところ特に問題にはなっていない。
そもそも生物準備室を使用しているのは壁新聞部の顧問の先生がこの学校の生物教師であるからで、また、非常に大雑把な性格をしているその顧問は壁新聞部の部室としてあろうことか自分が好きに使えるこの生物準備室を提供してくれているのである。
そんな風に部室を提供してくれる顧問には頭が下がるばかりなのだけれど、ここで問題なのはそんな生物準備室で僕が出会って間もない女子生徒と優雅にコーヒーを飲みながら二人きりで話をしているということだ。
密室で女子生徒と二人で夕暮れ時にお茶するなど、僕みたいにスクールカースト下位の人間からすると、おそらく二度とない機会なのだけれど、しかしその相手が今朝突然現れたストーカーだというのだからやはり人生はままならない。
僕はしばらくの間、この危険人物と密室で談笑しなくてはならない上に、ここでする話は決して誰にも聞かれてはならない――なぜなら、ここで話している僕たちは厳密に言えばお互い人間ではないのだから。
「それじゃあ聞くけれど、村雨さんは僕が春休みに何をしたのか知っているの?」
僕はさっき入れたばかりのコーヒーを飲みながら質問を投げかける。(ちなみにコーヒーカップは生物準備室にはないため、コーヒーは実験で使うビーカーに入れている)
「ルイ」
「……?」
「私の名前よ。折角仲良くなったのだからお互い下の名前で呼び合いましょうよ。もしくはニックネームも可よ。中学時代は『ルイルイ』なんて呼ばれていたわ。そっちの方が久間倉君は呼びやすいかしら?」
「村雨さん、僕の春休みに起こった件について何か知っているのかな?」
僕は村雨の提案を無視して再度聞き返す。
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………せめて『さん』付けはやめにしない?」
長い沈黙の末、彼女なりの折衷案を提示してきた。
「じゃあ村雨は僕の春休みの件についても知っているの?」
「もちろんよ」
即答だった。
「なんなら春休み中の久間倉君の一日のタイムスケジュールは全て把握しているわ」
「怖いよ!? というかそっちは『君』付けなのか!?」
「だって恥ずかしいじゃない。出会ったばかりの意中の男子を呼び捨てにするなんてできないわ――でも久間倉君は私のこと、ちゃんと呼び捨てにしてね。そうじゃないと私何するか分からないから」
脅し方が怖すぎる!! 何より『出会ったばかりの意中の男子』とかいうパワーワードが強烈すぎる。
「真面目な話、久間倉君の身に先月起こったことについては私たちの方でも把握しているわ。でもできれば、きちんとあなたの口から説明してもらえると有り難いのだけれど」
僕は少し考えた後、話せる部分のみ、概要だけをざっくり話すことにした。
「別に、そんなに大したことじゃないよ。ただ、今年の春休みにひょんなことから宇宙人と知り合いになって、それでひと悶着あって、今は僕が宇宙人化しているっていうだけだよ」
一応最後に『別になりたくてなったわけじゃなかったけれど』とも付け加えておいた。
「その話が大したことではないのなら今は世紀末か何かなのかしら」
残念ながらここは二十一世紀の日本にある田舎町で『ヒャッハー!!』と叫びながらバイクに乗るツンツン頭のモブキャラたちが闊歩するような時代ではない。
「でもなるほどね。久間倉君はあまり話したくないのかもしれないけれど、おおよそのところは私が組織から聞かされた話と一致するわ」
村雨は手に持ったスマートフォンをスライドさせながら意識だけはこちらに向けて話す。(ちなみに僕がビーカーに入れたコーヒーには一切口をつけていない)
「じゃあもう一つだけ質問させてちょうだい。久間倉君が春休みに出会った宇宙人についてなのだけれど、『彼女』は死んだの?」
「……うん、『あいつ』はもうこの世界にはいない。僕が――殺した」
「――そう。大体分かったわ。私から聞くことは以上よ。逆に久間倉君から何か聞きたいことはない?」
拍子抜けだった。僕としてはもっと根掘り葉掘り聞かれるものだと思っていたから。
「さっきも言ったでしょ。久間倉君の春休みの件について私たち組織はすでに概ね把握しているのよ。久間倉君に話してもらったのは事実確認のため。それにあまりしつこく聞いて私の好感度を下げるのも適切ではないしね。……これ以上嫌われたらこれから先もう何をやってもきっと挽回するのは難しいもの」
……自分の好感度がすでに低いということは分かっていたのか。(何気に彼女から聞いた話で一番衝撃を受けたかもしれない)
「じゃあ聞くけれど、村雨が所属しているその『超人集団』って組織は僕みたいな普通じゃない人間たちの集まりってことで合ってる?」
正式名称は『
「概ねその通りよ。まあ厳密には、組織は私たちみたいなのをまとめて『超人』と呼んでいるけれど」
「それはまた大それたネーミングだな」
「でも実際そうでしょう? あなたたちみたいな人知を超えた力を持つ超人たちは国としてもきちんと管理しておかないとお偉いさんたちは不安なのよ」
「だから村雨が僕を勧誘に来たの?」
「そうよ。特に久間倉君は組織から見て、とても強い力を持っているにもかかわらず、まだ超人になって期間が短いからとても危険だということで今回私が交渉のために派遣されたの」
「へー、村雨は組織から信頼されているんだな」
「そんなことないわ」
村雨は操作していたスマートフォンを机の上に置いて僕の方を見る。
「組織としては、あなたがとてつもなく危険な人物であった場合のことも考慮して私を派遣したのよ――組織にとっていつ死んでもいい存在である私をね」
笑えない話だった。
あの春休みを経験した僕にとっては超人集団という組織自体あまり好感の持てるものではなかったけれど、しかし村雨の話が本当ならば、あの組織は人を平気で使い捨てるということになる。
「決して『簡単に』使い捨てるというわけではないのだけれどね。それでもこういうことに携わっている以上、何らかの形で犠牲は出る。久間倉君は理解していないみたいだけれど、あなたの存在はそれだけ危険だと組織は認識しているということよ――それこそ死人が出ることすらも計算に入れなければならないくらい」
僕からすれば信じられない話だが、それでも言わんとすることは分かる。
確かに春休みに『あいつ』が見せた力はとてつもないものだった――それこそ地球くらいなら簡単に破壊してしまえるくらいに。
成り行きであったとはいえ、その力は今僕の中にあるのだから確かに組織が警戒するのは理解できる。
「僕としては、村雨たちの組織に所属することに関しては特に問題はないよ。確かにあの組織に関して僕はあまりいい印象を持っていないけれど、それでも断ると何だか面倒なことになりそうだしさ」
「――そう。話が早くて助かるわ」
村雨はそう言って先ほど机に置いたスマートフォンを手に取って何か文章を打ち始めた。
「でもいいの? もっともったいぶって交渉すれば、最悪、組織に加入する条件として私を雌奴隷にする権利くらいは得られるかもしれないわよ?」
「その条件で得をするのはお前だけだ」
「あら、そうかしら? 制服の上からでは分からないかもしれないけれど、私はこれでも結構着やせするタイプなのよ?」
「……お前が着やせするタイプであることと、僕がお前を雌奴隷にする因果関係が何一つ見出せないんだが」
「それは残念。久間倉君って私に全くなびいてくれないし――実はロリコンだったりするのかしら?」
そんな恐ろしいことを口にしながら村雨はスマートフォンを操作している。
「でも、ありがとう。本音を言うとね、やっぱり怖かったの――いくら私でもまだ死にたくはないから」
村雨はこれまでと違い、呟くような小さい声でそう言った。
「はい、送信っと。これで久間倉君の加入申請は完了よ。特に問題がなければ申請が下りて、めでたく久間倉君も私たちの仲間入りよ」
村雨はそう言ってまたスマートフォンを机に置いて僕に向き直る。(ちなみにさっきから気になっていたが待ち受け画面が僕の盗撮画像だった……一体いつ撮られたんだ?)
僕が何か言おうとした瞬間、さっき机の上に置いたばかりの村雨のスマートフォンが振動する。
村雨はそのスマートフォンを取り上げてメッセージを確認すると、
「久間倉君、とても残念なのだけれど、今日のところはもうお暇するわ」と言って荷物をまとめ始めた。
「――? そうか、じゃあまたな」
「ええ、また明日」
そう言って村雨が足早に部室を立ち去った後、僕は鞄に入っていた電子書籍を取り出し、読みかけの小説を読み始めた。
村雨のために僕が入れたコーヒーは全く減っていなかった。
006
しばらく読書に耽っていたが、あまり集中できず、僕も帰ることにした。
そして、呑気に帰り支度をしながらふと窓の外を見ると、遠く、市街地のあたりから大きな煙が上がっていて――街中が炎に包まれていた。
その煙を見ながら、なぜか僕はさっきまでこの部室でスマートフォンをいじっていた彼女の姿を思い出す。
何かを決したように、僕は彼女が結局一滴も飲まなかったコーヒーを一気に飲み干してビーカーを水道で水洗いした。そして荷物をまとめて部室を出た後、僕は階段を『上って』いった。
僕は階段を上りきって――立ち入り禁止となっている屋上のドアの鍵を開ける。
無人の屋上にはもちろん誰かいるわけもなく、ただ四方に自殺防止用のフェンスが立っているだけだった。
僕はドアのカギを閉めると持っていた荷物をドアの横に置き、フェンスの近づいて
「――変身」
と、そう呟いた。
次の瞬間、僕の周りが光り出し、その光が収まると――僕の体は大きく成長し、骨格もより大きくなっていた。
しかし何より変わったのは僕の服装で――さながら、アメコミに登場するヒーローのようなスーツをまとい、背中にはマントをはためかしていた。
この状態になると、間違いなく知り合いが見ても僕が久間倉健人だとは気づかないだろう。それに、運動性能も通常時とは桁違いに跳ね上がる。
当たり前だ――だってこの状態の僕はもはや『人間』ではなく『宇宙人』なのだから。
文字通り人知を超えた力だって扱える――それこそ、春休みに出会ったあの宇宙人の少女と同じく。
「ずっとこの状態でいられれば楽なんだけれど、モノとか壊しまくって日常生活どころじゃないからな」
加えて『それに、あんまり周りにバレても面倒だしな』と小さな声でつぶやいた。
「――よし、行くか」
そう呟くと次の瞬間には屋上から僕の姿は消え失せて雲の上を飛行していた。
炎が上がっている市街地を目指して僕は真っ直ぐに飛行し、雲を割って市街地の中で着地場所を探し、炎が一番強く上がっているところに着地した。
そこに彼女――ボロボロの姿になった村雨類の姿を見つけたからだ。
村雨は、明らかに人間にしてはサイズが大きすぎるよく分からない生命体に向かい合っていて、僕はその生命体と村雨の間に勢いよく着地した。
屋上を飛び出してここまで来るのにかかった時間はおおよそ七秒。僕が着地した勢いで周りの炎はすべてかき消されていた。
「――やあ、助けに来たぜ」
僕は自信満々にそう言って村雨に手を伸ばしたが
「……えっと……どなたですか?」
と、村雨は首を傾けてまるで今日会ったばかりの他人に接するかのような反応をした。
そんな村雨に対し、僕はがっくり肩を落としながら敵――らしきものに向かい合ったのだった。
007
少し時間はさかのぼる。
私こと、村雨類は生物準備室を出た後、速足で階段を――下った。
さっき届いたLINEに学校の近くで組織に所属していない超人――らしき人物が暴れているとの連絡が入り、現場から一番近い位置に滞在している私に現場に向かうよう指示が下ったのだ。
私と久間倉君との憩いの時間に水を差されたのは気に入らないけれど、指示が下ってしまったものは仕方がない――そう、仕方がないのだ。
私には暴れている超人を放置するという選択肢などないのだから。
校門を出て少し進んだあたりで田舎町であるこのあたりは人気が全くなくなる。
私は少し進んで周りに人が全くいなくなった頃合いを見計らって、全力で走りだした。
それは人間では到底出すことができない、それこそボ〇トも腰を抜かすような速度で走り抜ける。今朝久間倉君を追いかけた時とは比べ物にならない、それこそ本気の全力疾走だった。
全力で走って市街地まで到達するのはおおよそ十四分。間に合ってほしいと心の中で祈りながら私は全力で走った。
こんな時、空でも飛べれば便利なのにとつい現実逃避をしてしまう。
市街地に到着したとき、街にはすでに火の手が上がっていた。
詳しい状況は読めないが、市街地の中心で暴れている巨大な超人が暴れていて、それが被害を発生させているということは分かった。
その超人はかろうじて人型を保っているものの、筋肉が膨れ上がり、おおよそ人間ではありえないような大きさになっていた。暴れまわる様子を見るにすでに理性はないようで、ひたすら暴れまわっているだけだった。
(あのモンスターも私と一緒か……)
私は鞄の中から対超人用に調整された拳銃を取り出し、まだこちらに気づいていない敵に対して引き金を引いた。
――パァーン
全部で六発放たれた弾丸はそれぞれ急所をとらえ、モンスターはその場にうずくまった。
私が『やったか!?』とそう感じた次の瞬間、モンスターは起き上がり、人間離れした速度で私の方へ突進してくる。
「―――くっ!?」
私は拳銃で迎撃するが、こちらの存在に気付いたモンスターは弾丸を全て腕で振り払い、かまわず突っ込んでくる。
そして私の前まで来ると思いっきり腕を振りかぶり、その反動で私を吹き飛ばした。
衝撃の瞬間に腕を前に出すことでかろうじて衝撃を抑えたが、吹き飛ばされた反動で手に持っていた拳銃を落としてしまう。
「しまった……!?」
ボロボロになり、這いつくばる私に勝利を確信したモンスターが一歩ずつ私に近づいてくる。
かろうじて人の形を保っているようなその顔には、気持ち悪い笑みだけが浮かんでいて、私が最期にみる光景がこんな気持ち悪い笑みなのかと思うとただただ残念だった。
しかしそれに対して特に後悔はなく、やっぱり自分の死に方なんてこんなものかと思うだけだったけれど、それでも私が死んだ後に、またあのモンスターが暴れまわることで被害が出ることだけはすごく心残りだった。
久間倉君には格好をつけて『改造人間』なんて名乗ってみたものの、実際のところは普通の人間にほんの少し運動神経をよくした程度で――言うなれば、私は失敗作だった。本来なら超人を名乗るのもおこがましいほどに私は――ひどく弱かった。
モンスターがあと数歩で私のところまで手が届くという距離まで来たところで、私とモンスターの間にものすごい勢いで――空から人らしきものが降ってきた。
その姿はまるでヒーローのようで、風になびかせたマントがとても格好良かった――それこそ、嫉妬で殺したくなるくらいに。
そのヒーローは私の方を向いて口を開いた。
「――やあ、助けに来たぜ」
自信満々にそう言って私に手を伸ばすその姿に見覚えはなかったけれど、それでもその人物の正体について私が見間違えるわけがなかった。
でも認めたくない私は
「……えっと……どなたですか?」
そう言って私はあくまで気づかないふりをした。
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