メッセージ



 翔ちゃんへ。


 ストーリー、結局全部送れなさそうです。ごめんなさい。


 全然返事くれないけど、大丈夫なのかな? 心配で胸が詰まりそうになるけど、翔ちゃんのことだから、きっと毎日とんでもなく忙しいか、それとも辛く苦しいことと闘っているんだと思います。そう思うと、私と同じだ、翔ちゃんも頑張ってるんだ、って、勇気をもらえます。


 そうだ。約束、覚えてますか? もしかしたら、覚えていて、頑張ってくれているのかもしれませんね……。


 いや……私、バカだ。そうだとしたら、私のせいで翔ちゃんを苦しめちゃってるのかもしれない。ごめんなさい、そんなのは嫌です。ただ私は、私と関係なしに、野球を頑張ってほしくて……。


 もう、頑張らなくていいよ……それは違うか。何て言えばいいんだろう。チューくんに、さっきから急かされています。彼、せっかちすぎるよ。


 うん、わかった。これかな、私にとらわれなくてもいいよ。……。




 違うよ、そんなはずないもん!


 ずっと、ずっと。本当はあんな約束より、伝えたかった。


 ずっと。




 ずっと、翔ちゃんが好きだったの!




 でも……。叶わなくても私は大丈夫。それよりもずっと言いたかったこと、私が何よりも言いたかったことは、こうだから。


 私は翔ちゃんが好きで、翔ちゃんが好きっていうのは、翔ちゃんにいっぱい幸せになってほしいってこと。




 だからね、私がいなくなっても、悲しがってくれるのはありがたいよ。でも、やっぱり笑っていてください。


 笑顔を向け合える友達や、彼女さんを作ってください。その彼女さんと、幸せな結婚をして、幸せな家庭を築いてください。その幸せを繋いでいけば、地球上をびゅんと巡って、たくさんの人を幸せにします。ね、チューくん。


 そして、そんな幸福な日常に、時々、いや、seldomくらいでいいや(野球や理科の勉強だけじゃなくて、英語、ちゃんと勉強してる?)。私や、私の言葉や、私のストーリーを思い出して、アイツ元気にしてるかな、と思ってやってください。


 それが、私が最後に残したい約束です。


 さあ、小指を出して。




 ゆびきり、げんまん。






 彼女は、どうして送らなかったんだろうか。もう少し書くつもりで、書いている途中で書けない状況になったのかもしれない。送るのを躊躇って携帯を閉じたのかもしれない。本当の気持ちは違ったのかもしれない。俺には、見せたくなかったのかもしれない。


 また勝手に考えていた。死人に口なしとはよく言ったもの。そう、そんな答えは一生わからない。確かなのは彼女が書いたこの文章を俺が読んだという、事実だけ。


 深く息を吸う。畳は張り替えてそんなに経っていないらしく、い草の匂いがしている。そよそよと漂う線香の香りがそこに混じる。ゆっくりと息を吐き出す。目の前の仏壇には仏様が鎮座していて、その前で澄香は笑顔を振り撒き続ける。


 その遺影に向かって小指を差し出す。ゆびきりをしようとする。


 昔のあの感触は、今はもう無かった。綺麗に、消えていた。


 手をゆっくりと下ろす。もう一方の手の中には澄香の携帯。バックライトが消えていて、夕日に照らされた自分の顔が映っている。


俺は思う。ガラスというのは、何かを見つけるためのもの。


 鏡を見れば、そこに映る姿でありのままの自分を見つけられる。目が悪くても、眼鏡さえあれば視界は良好だ。携帯のディスプレイにもガラスは使われていて、時間も場所も越えてメッセージを伝えてくれる。


 ボタンを押すとバックライトが点灯する。浮かび上がるメッセージは、俺の目というガラスに飛び込んでくる。網膜を抜けて脳で認識すれば、心のディスプレイに投影して、自分の解釈と重ね合わせる。それが正解じゃなくてもきっと大丈夫。二つの映像をなんとか少しでも重ねようと、努力すればいい。そうすれば、どんな未来にだって繋げられるから。


 澄香、と心の中で呼びかける。お前に出会えて良かった。


 絵美は俺を見つけてくれて、俺は新しい絵美を見つけることができた。それは澄香のおかげ。ガラスのように透き通った少女が、いつでも俺たちの傍にいてくれたおかげ。


 だからな、もう目をそらすなよ。


 目が揺れそうなとき、曇りそうなとき、お前がいつも目をそらしていたのは、ちゃんと気付いていたから。俺たちにくすんだ表情を与えたくなくて、いつでも澄んだ瞳を見せたくて、そうしていたのは、知っていたから。


 今の俺なら、そんな瞳を受け入れられるから。


 恥ずかしがるなよ。ちゃんと向き合ってくれよ。




 携帯の画面に、そっと口づけをした。




 さよなら。ありがとう。


 お前も幸せにな。




 ★☆★☆★

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る