182章

コンピュータークロエの暴走ぼうそうにより、合成種キメラと呼ばれるた異形いぎょうの化け物があらわれ、文明社会が崩壊ほうかいした。


そののち――。


英雄えいゆうと呼ばれることとなるルーザ―がクロエを止めることに成功したが、世界は膨大ぼうだいな数のキメラと荒廃こうはいした大地におおいつくされる。


わずかに生きのこった人間たちは、いつおそってくるかわからない化け物におびえるだけの生活をいられた。


そんな中、人々は国を作った。


その中で、唯一ゆいいつ高度な科学力をほこるストリング帝国。


あるじであるストリング皇帝は、合成種キメラ制圧せいあつされた他の地域ちいき解放かいほうするために軍隊を作った。


だが、それは自国の人間にマシーナリーウイルスを感染かんせんさせ、機械兵――オートマタへと変えるというやり方であった。


このことを知っているのは国内でもウイルスの影響えいきょうを受けなかった者か、軍の上層部じょうそうぶのみだ。


もし国民がこのことを知ったらどうなるのか?


人間を機械へ変えるなど、ストリング皇帝はそんなひどいことしていたのか?


たとえそれが世界のためであっても、そんなことは人間のすることでじゃない――と、さけぶ者が大勢現れるだろう。


だからこそ、ストリング皇帝はマシーナリーウイルスによる実験じっけん秘密裏ひみつりに続けた。


皇帝自身じしんも、自分のやっていることは非人道的行為ひじんどうてきこういだと、当然理解りかいしている。


だが、彼には理想りそうがあった。


それは、世界中の人間が合成種キメラ脅威きょういおそれることなく、らしていける生活を――。


食事しょくじにも金銭きんせんにも、そして人間同士があらうことのない世の中を――。


実際じっさいにストリング帝国で、えや住人同士のいさかいが問題になったことはない。


人々は労働ろうどう家事かじもすべて機械にさせ、誰もが安心した生活をおくっていた。


いて言うのならば、子を産むのが国民の仕事だ。


子をめない者は国のために軍へと入隊にゅうたいし、その身を機械へと変えられた。


その表――住民たちには、労働によるストレスもない。


隣人りんじんへのねたみ、憎悪ぞうももない。


貧困ひんこん病気びょうきもない。


この荒廃した世界では考えられないほど、やすらぎにちた楽園らくえん


誰もが笑顔で生きていける――まさにストリング皇帝の言う理想郷ユートピアであった。


ストリング皇帝は半壊はんかいした天井てんじょう見上みあげながら――青くき通った大空へ顔を向け、クリアとラスグリーンに、自身の考えをつたえた。


「ですが、帝国は……」


クリアがふるえた声を出した。


「その理想郷ユートピアと共に反帝国組織はんていこくそしきも……バイオナンバーも同時に作ってしまった……。それについてはどう説明せつめいするんですか?」


その声は先ほどとはちがい、力なく聞こえるたよりないものだった。


ストリング皇帝は、クリアのほうへゆっくりと視線しせんを向ける。


その目はもうてきを見る目ではなかった。


彼女を言葉で納得なっとくさせようとしているおだやか眼差まなざしだった。


「“出るくいは打たれる”という言葉があるだろう? さし出たことをする者は、人から非難ひなんされるという意味だ。君ならわかるんじゃないかね? 緑炎りょくえん悪魔あくま君?」


次にラスグリーンへ、その穏やかな眼差しを向けたストリング皇帝。


だが、ラスグリーンは何も言葉を返さなかった。


クリアは考えていた。


皇帝は、たしかに世界を合成種キメラの脅威からすくおうとしている。


事実じじつ、クリアの住んでいた歯車の街――ホイールウェイは、ストリング帝国によって統治とうちされていたが、帝国が来てからのほうが街は裕福ゆうふくになり、犯罪はんざい激減げきげんし、何よりも街の人間が合成種キメラに襲われることはなくなった。


人を機械へと変え、それを使役しえきすることは問題だ。


だが、その犠牲ぎせいなくしては世界を住みやすいものに変えることはできない――。


クリアは、ストリング皇帝の言葉が、ただこちらを丸め込もうとしている虚偽きょぎの言葉ではないと思い始めていた。


そのとき、ラスグリーンの表情が急にくもった。


「来たね、黒幕くろまく……」


彼がそうつぶやくと、3人がいる廊下ろうかおくから、コツンコツンとブーツで歩く音が聞こえてくる。


3人が音のするほうを向くと、ハットをかぶった男が歩いて来るのが見える。


「やれやれ、レコーディ―·ストリング。それは理想郷ユートピアようで、どこか暗黒郷デストピアのようでもあるよね」


そこには、手にパンコア·ジャックハンマーを持ったロングコートを着た男――。


シープ·グレイが、大きな目をギョロギョロと動かしていた。

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