168章

クロエがそう言うと、大広間のかべから無数の配線はいせんのようなものがあらわれた。


「ミスマッチ……」


中世ちゅうせいヨーロッパの城を思わせる壁から、機械的な配線が現れる様子はなんとも奇妙きみょうだと思ったのか、グラビティシャド―がボソッとつぶやく。


そして、グラビティシャド―にかつがれていたロミーの体が、その配線のようなものによってき付かれ、アンたちの目の前にかかげられた。


そのロミーの姿は、大昔の宗教の聖典――書かれていたエピソードの1つ、キリストの磔刑たっけいを思わせた。


掲げられ、拘束こうそくされたロミーの頭に、さらに別の配線がき付いていく。


「何をするつもりだッ!?」


グラビティシャド―の重力をあやつる力によって、床に押さえつけられていたアンがさけんだ。


マナ、キャス、シックスの3人も、苦痛くつうの表情のまま頭をかかえてその様子を見ている。


「アンでもローズでもどちらでもかまわないんだけどね。気をうしなっている彼女のほうが面倒めんどうがなさそうだから」


そんな4人の頭の中にクロエに声が聞こえてくる。


それからクロエは、うれしそうに話を始めた。


以前のクロエにはちゃんと肉体があったのだが、何百年前のルーザーとの戦いによってその体を失った。


その戦いによってこれ以上の合成種キメラ増殖ぞうしょくふせがれたが、クロエは自身の精神をコンピューターへとうつすことで生きびていた。


「そのときに彼の脳内のうない侵入しんにゅうして、その記憶メモリー削除デリートしてやったの。なのにどうしてかしらねぇ。ルーザーは記憶を取りもどしちゃった。でも、理由はなんとなくだけどわかっているわ。……愛、愛なのね」


クロエの話を聞きながらアンは、彼女がこれからすることをようやく理解した。


何故かつてグレイが、アンとロミーを合成種キメラからすくったのかという理由も――。


「もしかして……私かロミーの体にクロエをうつすつもりだったのか……?」


アンの言葉を聞いたクロエは、クスッと笑うとそのまま返事をした。


クロエはグレイに、自分の精神データに拒否反応きょひはんのうがない体をさがさせていた。


その拒否反応があるかどうかの判断はんだんは、マシーナリーウイルスに適合てきごうできるかというものだった。


「そこであなたとロミーがえらばれのよ。まあ、あなたはロミーほどの制御コントロールができていないみたいだどね」


クロエの話によると、マシーナリーウイルスの適正てきせいという意味では、アンよりもロミーのほうがまさっていたようだ。


「その後も数名の適合者は出できたけど。結局あなたとロミーをえる肉体ベースボディは、残念ざんねんながら出でこなかったわ」


「……だからストリング帝国を作って、住民たちにマシーナリーウイルスを感染かんせんさせていたのか……。だが、ロミーの体は機械化してないじゃないか!?」


「彼女の右目を見て気がつかなかったの? あれはあなたのうでと同じでマシーナリーウイルスによるものよ」


アンは、ずっとロミーの右目のことを、戦いによって失ったものだと思っていたが、クロエの話を聞き、それがマシーナリーウイルスの影響えいきょうであることを理解した。


「そうか……そういう理由だったんだな……」


アンはたおれた状態じょうたいうつむきながら、ひとごとのように、ブツブツとつぶやき始めた。


「私はグレイにとってただの入れ物だったのか……。グレイッ!! お前が私のいのちを大事と言ってくれたのは、全部クロエのためだったんだなッ!!!」


はげしく打ちひしがれてかと思われたアンだったが、突然顔をあげて叫んだ。


「答えろグレイ!! お前にとって私はただの道具どうぐだったのかッ!!!」


「君のこと……ロミーのこともそうだ。俺の君らを愛する気持ちは、けしてうそじゃはないよ。ただ、それよりも優先ゆうせんするべきことがあっただけさ」


だましていたくせに何を言うッ!! 何が愛する気持ちだ……ふざけたことを言うなッ!!!」


無感情に返事をするグレイに、アンは罵倒ばとうし続けた。


それは、今の彼女にとって唯一ゆいいつできる反撃かのようだった。


「ねえ……もういいんじゃないの」


そんな2人の様子を見ていたグラビティシャド―が、ため息じりにボソッと言った。


彼の様子は、ひどあきれていた。


その顔は、まるで素人しろうとがやるミュージカルを無理矢理に見させられたようだった。


そして、グラビティシャド―はアンへかっている重力をさらに重くし、その口をだまらせる。


「さて、では始めようかしら……うん?」


意気揚々いきようようと言ったクロエの声に、何かうたがったような色がじる。


そして、グレイやグラビティシャド―も同じように何かを感じ取っているようだった。


「どうやらまねかれざる客が、この城に入ってきたみたいね」


――クロエの言う通り。


空へと浮上ふじょうしたストリング城へと、侵入しんにゅうした者たちがいた。


「ここに無愛想女たちがいんのかよ!?」


間違まちがいありません。私がこの目でしかと見ました。それにリトルたちもあなたの友人たちがここにいると言っています」


飛行船ホワイトファルコン号のかじをとりながらたずねる男とそれに答える女の姿――。


ルドベキア·ヴェイスとクリア·ベルサウンドだ。


2人の傍には、電気仕掛け子羊――ニコとルー2匹もいた。


ルドベキアたちは、これからストリング城に、飛行船を着陸ちゃくりくさせようとしているところだった。


「ここまできたらもう信じるしかねえか。よし、じゃあせいぜい足手まといにならなねえようについて来いよ、着物の姉ちゃん!!!」


「それはこっちのセリフです!!!」


2人がそう言い合うと、ニコとルーも大きくいた。


そして、侵入者はルドベキアたちだけではなかった。


「やれやれ、自分の城へ戻るのにまさか空を飛んで侵入せねばならぬとはな」


ストリング帝国の皇帝――レコーディ―·ストリングだ。


彼は機械兵オートマタを引き連れ、今まさに城内へと入ろうとしていた。

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