127章

部屋に入ったアンはベットに腰を下ろした。


続いて入ったロンヘアは、部屋の中をジロジロと見回している。


「へえ、僕の部屋と同じなんだなぁ」


少し残念そうな顔をするロンヘア。


どうやら、彼は自分の部屋とアンの部屋が違うことを期待していたようだ。


アンやロンヘアが寝泊まりしている研究所の部屋には窓すらなく、ただ簡易かんいベットと小さなシャワールームがあるだけだ。


他にも同じ部屋がいくつあるが、現在この医療施設――ローランド研究所のりょう(といってもいいのか?)には、2人しかいない。


あとは研究所内を警備しているストリング帝国の機械兵――オートマタがいるだけだ。


所員たちは夜になれば自宅に戻る。


何か問題が起これば、オートマタが対応するし、実験対象モルモットの(アンとロンヘアの)腕に付けられているセンサーが知らせてくれるからだ。


「いつまでも立っていないで座ったらどうだ」


無愛想に言ったアンは、ベットの上に降ろした腰を動かして横へと動く。


それを見たロンヘアは、彼女の隣に座った。


真っ白な部屋に沈黙ちんもくが続く。


「そういえば、お前はいつからここにいるんだ?」


意外にも先に声をかけたのはアンだった。


彼女は、こういう状況シチュエーションれていないのもあったのだろう。


みょうな緊張という名の重圧プレッシャーが、彼女に重くし掛かっていた。


それに、自分から部屋に誘ったのだから、何か話せなければおかしいと思ったのだ。


ロンヘアは、アンとは違い、いつものリラックスした様子で答えた。


どうやら彼がこのローランド研究所へ来た時期は、アンがグレイとニコと共に、ストリング帝国から脱出した時期とかさなっていたようだ。


「アン、ノピア将軍と面会してから元気なかったよね。何かあったの?」


そらきた、とアンは思った。


この色素の薄い髪を少年は、やはり坊ちゃんなのだ。


だから、こう他人の心を無遠慮ぶえんりょのぞこうとしてくる。


アンの無愛想な顔が強張こわばり始めていた。


先ほどは、子供だから、世間知らずだからと納得していたが、やはりこうもズケズケと訊いてくるロンヘアに対して苛立いらだってしまっている。


だが、アンは思う。


こんなことで怒ってどうする?


この少年は子供なのだと、また同じ理由で怒りを引っ込めた。


それでもロンヘアの質問に、アンは答えなかった。


そして、また部屋に沈黙が始まる。


「……ごめん。言いたくないこともあるよね」


しばらくして、今度はロンヘアが沈黙をやぶった。


申し訳なさそうに言った彼は、落ち込んでいた表情を明るいものへと変える。


「アンは“適合者てきごうしゃ”って知ってる?」


「“適合者”? なんだそれは?」


気まずい空気を変えたかったのか。


ロンヘアは別の話を始めた。


マシーナリーウイルスの適合者――。


それは、ウイルスに感染かんせんしても機械兵オートマタ化せず、自我じがを失わない人間のことだった。


ロンヘアは、以前にこの研究所へストリング皇帝が来たときに、その説明を聞いたらしい。


「“適合者”こそが、この荒廃こうはいした世界の新しい人類となる――。皇帝閣下はそう言ってたよ。これから僕やアンの身体のことがわかれば、世界中の人間を“適合者”にできるって」


それを聞いたアンは、気の抜けた顔にしている。


馬鹿らしいと顔で物語ものがっている。


「ずいぶん子供じみた話だな。いいか、その“適合者”っていうのは人間の形をした機械みたいなものなんだぞ。そんな化け物に誰がなりたいっていうんだ。その考えを国民が知ったら、この国も終わりだな」


アンのその言い方は、まるで自嘲じちょうめいた――自分を嘲笑あざわらうものだった。


コントロールできず、機械化していく自分。


それは先ほどアンが自分で言った通り、いつ化け物になってしまうかわからない身体だ。


実際に彼女は、歯車の街ホイールウェイで、ノピアの友人であった帝国の将校――イバニーズ·アームブリッジを手に掛けている。


その事実は、グレイが来てくれないだけではなく、アンの心をさらに鬱屈うっくつさせていた。


「でも、違うじゃないか」


何が違うんだと、アンは表情を不機嫌なものにした。


……何も知らないお気楽なこいつにはわかりっこない。


自分が機械化していく怖さ、化け物になるかもしれない恐怖なんて……。


この少年もマシーナリーウイルスにおかされた“適合者”なのだろうが、何もわかっていない馬鹿な奴とアンは思った。


やはり、この坊やを部屋に入れなければよかったと、彼女が後悔し始めていると――。


「アンは機械でも化け物でもない。ちゃんと感情のある人間だよ」


「えっ……?」


無愛想な顔、強張った顔、不機嫌な顔――。


今までそんな表情しか見せなかったアンが、そのロンヘアの一言で別の顔を彼に見せてしまっていた。

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