126章

ノピアがアンに面会してから数日が過ぎた。


それからの彼女は、検診けんしんのとき以外は部屋にこもりっきりになり、ただ簡易かんいベットの上でうずくまるような日々が続いていた。


それでもこの医療施設――ローランド研究所の所員たちが、彼女を気にかけることはなかった。


彼女――アン·テネシーグレッチは、所員たちにとってただマシーナリーウイルスのデータを取るための――言わば実験対象モルモットだからだ(治療はもう済んでいるのだから当然だろう)。


だが、この研究所で彼女のことを心配している人物が1人だけいた。


アンと同じように、この施設にいる色素の薄い長い髪をした少年――ロンヘアだ。


「アン、ちょっといいかな」


ロンヘアはアンの部屋の前にいた。


なるべく彼女を刺激しないようにと、気をつかって声を出している。


だが、アンは返事をしなかった。


彼女はロンヘアを無視して、ベットの上で毛布にくるまっている。


……ロンヘアの奴、何しに来たんだ?


ふん、まあどうでもいい。


誰かと会話をする――とてもそんな気分にはなれない。


それが今のアンの気持ちだった。


「今日は調子が悪いんだね。じゃあ、また来るよ」


ロンヘアは、扉の前で残念そうに言うとその場を後にした。


そして、次の日も――また次の日も彼はアンに会いに行き、彼女の部屋の前へ来ては帰る日々が続いた。


ロンヘアが来るたびに、アンは思っていた。


……どうして無視してもまた来るんだ。


私のことなんて放っておいてくれよ……。


それから数日後――。


めずらしく食堂で顔を合わせたアンとロンヘア。


ロンヘアは彼女を見て、嬉しそうに笑みを浮かべて近寄った。


だが、アンは彼に無愛想な表情を向け、その姿を見るなり、わかりやすく避けて自室へと戻ろうとする。


「ちょ、ちょっと待ってよアン!?」


スタスタと研究所の廊下を進んでいくアンについて行くロンヘア。


彼は軽く声をかけ続けたが、彼女は無愛想な顔をしたまま、ただ無言で歩く。


だが、ロンヘアはめげない。


いくら無視されようが、まったく気にせずにアンの傍から離れなかった。


「落ち込んでいる人間に同情か……優しいんだな」


自分の部屋の前で止まったアンが、ボソッとつぶやいた。


その言葉には、意図的なとげがあった。


アンは、私に関わるなと、攻撃的な態度でしめしたのだ。


それでも、ロンヘアは微笑ほほえむだけで、彼女の真意を読み取ってはいない。


アンは表情を強張こわばらせて、彼から顔をそむけた。


それは、何か自分が悪いことをしている気になって、ロンヘアのことを見ていられなくなったからだった。


……まったく、どうかしてるよ、こいつは……。


アンは不思議だった。


ここまで邪険じゃけんにされたというのに、ロンヘアの顔には、怒りなどのマイナスな感情の色が見えなかったからだ。


どんな人間でも、他人からぞんざいにあつかわれたたら、顔――いや目や鼻、口などのどこかにネガティブなものが見える。


だが、ロンヘアにはまったくそれがなかった。


アンにとって、彼は理解しがたい存在――。


ロンヘアはずっとこの研究所に収容されていたからだろう。


だから、人間の悪意など感じたことがないのだ。


そんな甘さが、この色素の薄い髪をした少年からはただよっている、とアンは思った。


……所詮しょせん、外の世界を知らない坊ちゃんなんだ。


そんなんだから、きもせずに毎日毎日人の部屋に来れるんだ。


アンはそう納得すると、苛立いらだっていることが馬鹿らしくなっていた。


「部屋……入る?」


「うん!」


はずむような声を出したロンヘアは、アンの後に続いて彼女の部屋へと入った。

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