125章

雪の大陸――ガーベラドームの近くの鍛冶屋で出会った片目が義眼の少女――ロミーは、かつて両親を殺されたときに行方不明になっていたアンの妹――ローズ·テネシーグレッチだった。


ノピアから聞かされた事実に、アンはただ言葉を失う。


彼女はもう妹は死んでいたと思っていたからだ。


数えてみれば3年の月日――。


その間に、妹はアンの知っている少女ではなくなってしまっていた。


会っていない3年の間に何があったのかは、ロミーと暮らしていたクロムから聞いている。


それは、とても悲惨ひさん過酷かこくなことだった。


ロミーは、母親代わりだったプラム·ヴェイスという鍛冶屋の女職人を、キメラに殺された。


幼い少女にとって母親が2度殺された経験が、どう作用するのか。


どう考えても、人が変わってしまっていてもしょうがない。


だが、かつて自分の後ろを追いかけてきたローズの姿を思い出して、アンは妹とロミーが同一人物とは信じられないでいた。


……そうか。


前にグレイが私宛てに書いた手紙の意味は、このことだったのか……。


でもグレイ……なぜ私たち姉妹を離れ離れにしたんだ……。


両親がキメラに殺されたときに、アンを救ったのはグレイだ。


彼女が思うに、グレイはそのときに一緒にいたロミーも助けていたのだと考えたが、どうして彼がアンをストリング帝国で育て、ロミーを雪の大陸にある鍛冶屋の女職人――プラムに預けていたのかが理解できないでいた。


「お前は知らなくてもローズのほうは知っていたがな。まあいい。話を続けるぞ」


ノピアは、まだ戸惑っているアンへ冷ややかに声をかけると、今度はストリング帝国の外での話を始める。


今世界では風雲急ふううんきゅうげていた。


アンがストリング帝国の医療施設であるローランド研究所に来てから――。


コンピュータークロエの暴走により、かつて文明社会を崩壊ほうかいさせた合成種――キメラと呼ばれる異形いぎょうの化け物が、世界中をおおい尽くすほどの数で、再び現れ始めたのだ。


その渦中で、ストリング帝国と反帝国組織バイオ·ナンバーの戦闘も各地でさらに激しいものになっていった。


ロミーは、ストリング帝国の兵士として戦場へおもむき、多大なる戦火をあげた。


そのことで、戦局はストリング帝国の圧倒的に優勢となる。


そして、今や彼女はストリング帝国の将軍となっていた。


帝国を脱退して、アンと共に行動していた女将軍キャス·デュ―バーグの後釜あとがまとして。


ストリング帝国の国民や兵士の間では、15世紀――百年戦争で活躍した英雄の聖女ジャンヌ·ダルクの再来だともてはやされ、世界中でその名をとどろかす存在となっていた。


「同じ姉妹でもずいぶんと差がついたな。お前は帝国の末端まったんの兵士だった。妹は今や将軍だ」


ノピアは反応のないアンを挑発ちょうはつしたが、彼女は何も言わずに、ただ黙ったままだった。


それを見た彼は椅子いすから立ち上がって、部屋を出て行く。


それでもアンは何も言わない、声をはっさない。


「男が来てくれないくらいでそのザマか? ……どうやら俺はお前のことを買いかぶっていたようだな。それじゃ暴走したお前に殺されたイバの奴も浮かばれん」


「イバって、歯車の街ホイールウェイにいた帝国の……」


「せいぜいここでくさっていればいい」


面会室から出て行く前に、ノピアはそう捨て台詞を吐いて扉を閉めた。


そして、彼女は部屋に一人残される。


真っ白な部屋の中に居るアン。


だが、今の彼女は真っ黒な闇におおい尽くされている気分だった。


――ノピアがローランド研究所から出ると、一人の女性が外で待っていた。


ストリング帝国の近衛このえ兵長リンベース·ケンバッカーだ。


ショートカットで前髪だけが長く、片目が隠れている。


髪型は男性のようだが、目にかかった髪をかき上げると、彼女の東洋人的な薄顔の美貌びぼうとりこにならない男性はいないと思わせるものだ。


「やはりアン·テネシーグレッチ……彼女のことが気になるのですか?」


ノピアは、彼女を無視しながら進み、ズレてもいないスカーフの位置を直し始めた。


早足で歩いていく彼の背中を、リンベースは追いかける。


「ノピア将軍、もしかしてあなたは彼女のことを……」


「馬鹿馬鹿しい。ふざけたことを言うな」


「ふざけてなどいません」


背を向けたまま進んでいくノピアを、後ろから抱きしめたリンベース。


立ち止まった彼は、不機嫌そうに顔をゆがめた。


「何のマネだ? リンベース近衛このえ兵長」


冷たい声――。


ノピアの質問に彼女は答えなかった。


しばらくそのままで、だた彼を背中から抱きしめている。


チッと舌打ちをしたノピアは、リンベースを振り払い、早足でその場を去っていってしまった。


残された彼女は、追いかけることはせずにその場に立ち尽くしている。


「それでも……それでも私はあなたのことを思っています……」


そうつぶやいたリンベースの顔は、今にも泣きだしそうなくらい悲しい表情をしていた。

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