100章

「酷い……酷いよぉ、そんなの……。クリアは何も悪くないじゃないか……」


クリアの話を聞いたクロムが、泣きそうな声でつぶやいた。


そんな彼に、隣にいたロミーがポケットからハンカチを渡し、背をニコとルーがさすっている。


アンは思う。


……そうか。


あの2本の刀――小雪リトル·スノー小鉄リトル·スティールはこの地域に住まう神々の力を持っているのか。


国を出てからというもの、炎、水、風、大地をあやつる人間に会ったり、何百年も前に世界を救った英雄に会ったりで、おかしなことが起き過ぎてすっかり麻痺まひしていたけど、この世には人間に理解できないことなんてたくさんあるんだな。


それにしても、そのフルムーンって女はまさか――。


「情けない……」


窓から外を見ていたクリアは、そう小声で言うとアンたちへと振り向いた。


その顔は、呟いた言葉とは合わない上品な笑みを浮かべている。


「こんな話を人にしてしまうなんて……少々疲労ひろうまっているようですね」


それからクリアは、皆が飲み終わったカップをトレイに乗せて部屋を出て行こうとする。


「クリア……」


そんな彼女にアンが声をかけた。


腰をあげて立ち上がり、背を向けたクリアへと近づいて行く。


「そんなことがあっても、あなたはずっとひとりで戦っていたんだ。だから、情けなくなんてないよ」


アンは喋りながらも考えていた。


こういうときに何を言えばいいのか、あの人ならどんな言葉をかけるかを。


そう――。


彼女は、自分が初めてグレイに会ったときのことを思い出していた。


彼の言葉、表情、仕草しぐさを思い出せる限り――頭の中でよみがえらそうとする。


「クリアは強いな……。私は弱くて……いつも誰かに助けられてきた。さっきだってあなたに助けてもらったし……」


アンは静かに言葉をつないでいく。


優しく、できる限りおだやかに――。


あの人が――。


グレイが自分にしてくれたように――。


「だから、今度は私がクリアを助けたい。そのフルムーンって奴を捜すのを手伝わせてくれ」


アンの言葉を聞いて、笑みを浮かべながらため息をつくルーザー。


嬉しそうにするクロム。


両腕を組んで不機嫌そうにしているロミー。


そしてニコとルーは、小雪リトル·スノー小鉄リトル·スティール2匹とはしゃぎ、4匹そろって鳴いた。


クリアは、アンたちに背を向けながらふるえている。


「あなたたちも人を捜しているのでしょう……。それなのに、私の手伝いなんてしている場合ですか?」


「なに、1人捜すの2人は捜すのも同じだろう」


「まったく……よく考えずに勢いでものを言って……」


クリアはそのときに、自分の夫であるブレイブ·ベルサウンドの姿が脳裏のうりをよぎった。


彼もまた、目の前にいる機械の右腕をしたと少女と同じように、勢いでものをいうくせがあったからだった。


「同感。アンキノコ頭脊髄せきずいでものを喋るから困る」


「お前はまたそうやって私をバカにしてッ!!!」


ロミーが呟くと、アンといつもの取っ組み合いが始まった。


ルーザーがため息つき、クロムは2人を止める。


そしてニコ、ル―、小雪リトル·スノー小鉄リトル·スティールの4匹は、何故か楽しそうに鳴いていた。


「しょうがない人たちですね……。ですが……ありがとうございます……」


騒ぎの中、背を向けたままのクリアが小声で礼を言ったが、その声はアンには聞こえていなかった。


その頃――。


毛皮コートを羽織ったドレス姿の美女――フルムーンが、とある工場の煙突えんとつの上からこの歯車の街ホイールウェイを見下ろしていた。


「あはッ!」


フルムーンは鼻で笑うと、両手を大きく広げる。


全身から何か鱗粉りんぷんのようなものがき出て、それがただよう蒸気と混じりあって街をおおくしていった。


それを確かめると、彼女は笑みを浮かべて言う。


「もうすぐでこの街の人間が、すべてあたしの思い通りになるわ」

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