82章

「あの無愛想女……人の忠告を無視しやがって……」


驚いているルドベキアの傍に、いつの間にかルーザーが立っていた。


ルーザーはかがんで、早く傷を見せるように言う。


「クロムのほうには、ニコが回復薬を持って行っているから大丈夫だ」


ルーザーはそう言うと、ルドベキアの体にれようとした。


だが、彼は片膝かたひざをついて、その場にくずれる。


それからブツブツと独り言をつぶやき始めた。


「クソ……またあいつに助けられた……。ちくしょう……ちくしょう……」


腹に空いた穴から血を流しながら、目からポタポタとしずくがこぼれる。


それが痛みによる涙なのか、それとも悔しさなのか――。


ルドベキアはうつむきながら、歯を食いしばった。


そんな彼の腹部に手を当てるルーザー。


まばゆい光が、血と止め傷口をふさいでいく。


「それは彼女も同じだ」


ルーザーは笑顔で言葉を続ける。


「アン……彼女がさっき言っていたぞ。ガーベラドームで何度もダメだと思ったときに、お前のおかげで心が折れなかったとな」


それを聞いてもルドベキアは、顔を上げなかった。


そして、ただ黙ったまま立ち上がろうとしている。


「おっと、無理はするなよ。この力は傷は治せても流した血は戻らないからな。ここで休んでいろ」


「ジイさんはどうする気だ? 片方の腕が折れたままストーンコールドあいつとやる気かよ?」


「どんなときでも、年寄りは若いを守るものだよ」


そう言ったルーザーは、ストーンコールドと向き合っているアンの元へ歩き出した。


一方――。


クロムとルーがいるところにはニコが来ていた。


ニコは、その小さな体に不釣り合いなリュックを背負っていて、その中から回復薬――イージーキュアを取り出す。


イージーキュアとは、銃のような形状をした注射器で、それを肌に直接打つと体に薬が流れるというものだ。


これはマナとキャスが、ガーベラドームのバザール――露店で買ったやつをニコに渡していたものだった。


ニコはイージーキュアを取り出すと、クロムの余ったの服の袖をめくって、その腕に打ち込む。


痛みが引いていく感覚を覚えたクロムは、涙をぬぐいながらニコに礼を言った。


そしてニコは、助けに来たことに驚いているルーに手を差し出した。


戸惑とまどうルー。


ニコはそれを見ながらおだやかに鳴く。


そしてルーは、不機嫌そうにしながらも、ニコの差し出した手をガッチリと掴んで鳴いて返した。


「……来たのか……? キノコ頭……」


「そんな減らず口が叩けるならまだ大丈夫そうだな」


アンが、倒れているロミーに駆け寄って笑みを浮かべた。


その様子をストーンコールドは嬉しそうにながめている。


「前髪のジジイも一緒だな。嬉しいぜ、俺は」


最初に喰らったハンドグレネードの爆発でけずり飛んだ肩と、つぶされた目――。


それとアンに切り落とされた腕から、泡のようなものが吹き出ている。


ストーンコールドの身体は再生が始まっていた。


それから、泡立っている箇所かしょが完全に復元する。


……前よりも再生が早い。


もしかして、ドームで戦ったときよりも強くなっているのか?


そう思っているアンを、再生した両目で見るストーンコールド。


それから肩を鳴らし始め、全身をボキボキと鳴らしていく。


「アン、ロミーのケガはどうだ?」


ストーンコールドを見ていたアンの横に、ルーザーが現れた。


彼女は「早く見てやってくれ」と言うと、握っていたピックアップ·ブレードを再び前へ向けた。


白い光の刃が、ストーンコールドを真っ直ぐにとらえる。


「私は別にお前と決着をつけに来たわけじゃない」


静かに、そして低い声で彼女は言葉を続ける。


「私の仲間……。そう……大事な人たちのために来たんだッ!!!」


彼女の静かな声が、次第に叫び声に変わっていった。


そして、アンはかまえたピックアップ·ブレードを握って、ストーンコールドをにらみつけた。

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