75章

巨大な振動しんどうがアンたちを襲う。


何かしようにも何もできなかった。


バランスがくずれた瞬間しゅんかんに地面にひざまずき、そのまま前のめりに倒れる。


ルドベキアが、身をいずってなんとかクロムに近寄ろうとした。


傍にいたルーも彼が何かしたのかと思い、さすっていた手に力を込めたが――。


「うあッ……ッ!? くそッ!! ルー!! こっちへ来いッ!!!」


だが、激しく揺れる地面がそれを許さなかった。


そして、クロムの周りには地割れが起き始め、植えてある野菜が転がり落ちていく中でルーが慌てている。


その揺れの中をルドベキアは、身を震わすルーを無理矢理に自分のほうへと引っ張った。


それから、大きな津波つなみに襲われた小舟のごとくアンたちは横転と転覆てんぷくり返し、先ほど天井てんじょうから落ち始めていた鍾乳洞しょうにゅうどうが雨のように降ってくる。


「一体どうなってるんだ!?」


大地に這いつくばって叫ぶアン。


だが、ただ1人だけ――。


揺れなどまるでないかのように岩に座っているルーザーが、落ち着いた様子で話を始めた。


「うろ覚えだが、たしか自然の力を操れる者は……」


木々や大地、宇宙がたくわえているエネルギーにアクセスし、それを何らかの作用に方向づけたり、変換させていると説明した。


「それが不思議な力を使える理由だったと思う。おそらくだが、赤毛と金髪のお嬢さん2人も自然の力を操れるのだろう? なんといっても彼と同じように自我じがのある合成種キメラだからな」


「こんなときに何を言ってるんだ!? なら、この地震はクロムがやっているっていうのか!?」


ルーザーは何も言わずにうなづいた。


天井が崩落ほうらくし始め、地割れが広がっていく。


このままでは全員が落ちてきた鍾乳洞しょうにゅうどうつぶされるか、割れた地面の下へ飲み込まれるかしかなかった。


アンは、先ほどルーザーが話したことを考える。


……じゃあ、風を操れるシックスも合成種キメラだというのか?


っく!? なんなんだまったく。


考えようにも情報がなさ過ぎて、何もわからないままだ……。


アンは顔を歪めると、周りを見渡した。


皆がそれぞれ、落盤らくばんから身をけて、地割れに飲み込まれないようにしている。


特に、ルドベキアはロミーやルーをかつぎながらだった。


……今はクロムの腹の中に居るようなもの……。


こんな大地を操る強力な力の前で、私に何ができるんだ……。


うつむくアン。


そんな彼女の傍でニコが小さく鳴いた。


「ニコ……ごめん。私はいつも肝心かんじんなときに無力だ。ルドはこんな状況でも誰かを守ろうとしているのに……」


そのとき――。


大きく鳴いたニコが、アンの体を揺すった。


一生懸命なニコをの姿を見ると、ふとアンの脳裏のうりにあの男の顔が浮かぶ。


「君の大事な人が助けてくれた命は大事……だろ? アン」


……そうだったな、グレイ。


アンは表情を戻して揺れる地面から、自身をふるい立たせた。


そして、クロムの元へ。


途中――落ちてくる鍾乳洞しょうにゅうどうかわし、地割れを飛び越えながら走るアン。


「クロム!! 私の声が聞こえるかッ!!!」


アンは叫ぶように声をかけたが、クロムはうつろな顔をしたまま、その場に立っているだけだった。


それでもクロムへと向かうアンだったが、彼との距離が近くなると鍾乳洞しょうにゅうどうが集中して彼女を襲う。


マナとキャスが落ちてくる鍾乳洞しょうにゅうどうに向かって、炎と水を飛ばしてアンの身を守ろうとするが――。


「うんッ!? どういうことだ!? 力が!?」


「嘘でしょ!? 力が使えないよ!?」


2人は何度も手をかざして力を込めたが、何も出ず、ただ激しく揺れる中で手を前に出して顔をゆがめているだけだった。


一体何故2人は力を使えなくなってしまったのか?


それは本人たちにもわからなかった。


誰に教えられたわけでもなく、ただ呼吸をするように自然の力を操れた彼女たちは、当たり前にできていたことが突然できなくなってしまい、酷く動揺どうようしていた。


「疑っているからだ」


そんな彼女たちにルーザーが声をかけた。


そして、激しく揺れる中で、座ったままの姿勢しせいを崩さずに言葉を続ける。


「君らは今自分の存在を疑っている。それでは自然は力を貸してはくれない」


そう言ったルーザーは立ち上がった。


その表情は、長い前髪でよく見えないが、かすかに笑っているような印象を受ける。


「信じるんだ。自分のことを、そして友のこと――それが君らを強くする」


そして、ルーザーはゆっくりとクロムの元へ歩き始めた。

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