60章

ドーム内を浮かぶトレモロ・ビグスビーから声が聞こえる。


スピーカーでも付いているのか、その声はガーベラドーム内にいるすべての者に届くような大きさだった。


「このドームにいる者たちにぐ。私はストリング帝国の皇帝――レコーディ―・ストリングだ」


編成を組んだトレモロ・ビグスビーが、装着されている電磁波放出装置――大型のインストガンを街へと向けた。


「君らにはもう後はない。すみやかにドームを出なければ、先もないことを伝えておく」


それからまた電磁波による攻撃が始まった。


轟音ごうおん閃光せんこうほとばしり、街は跡形あとかたもなく破壊されていく。


「クソッたれ!! 帝国の奴らあんなもん出してきやがって!!!」


ルドベキアは、苦悶くもんの表情でスチームマシーンに指示を出す。


彼は、部下に住人たちを逃がすように伝えると、用意してあった自分用のスチームマシーンへ乗り込んだ。


「おい、何をしている!?」


アンが心配そうな顔でルドベキアへ声をかけた。


「あん!? てめえとは後で決着をつけるからそこら辺に隠れてろ。俺はあの髭野郎を殺す!!!」


プシュー、ガシャン、ガシャンと音を鳴らして、ルドベキアはストリング皇帝がいる方向へと走り出していった。


マナがニコを抱き、クロムの手を引いてアンに近寄る。


「アン、どうしよう……」


声をかけられたアンは、突然走り出してルドベキアの乗るスチームマシーンを追いかけた。


「マナたちは住人たちの避難を手伝ってやってくれ」


「アンはどうするの!?」


ルドベキアほくろハリネズミは皆を逃がすためにひとりで戦う気だ!! そんな奴を放っておけるかッ!!!」


振り向きながら走るアンにキャスが叫ぶ。


その顔はいつもとは違い、青ざめていた。


「アン、皇帝を相手にしたらダメだ!! 殺されるぞ!!!」


だがアンは、言葉を返さずにけ出していった。


――上空にあるトレモロ・ビグスビー内。


「リンベース君、まだ反撃してくる者がいそうだが」


「はい。これから街へ降りて白兵戦を開始し、無力化するつもりです」


リンベースの言葉を聞いたストリング皇帝は、笑みを浮かべた。


そして、トレモロ・ビグスビーの横扉を開くと、そのまま外へと飛び出す。


「皇帝陛下!? ジェットパックも無しで危険です!!!」


「ここの指揮は任せたぞ」


リンベースが叫んだが、ストリング皇帝はそのまま上空から地面へと落ちて行った。


――アンは、スチームマシーンに乗ったルドベキアを追いかけていた。


駆けて行く中、街は電磁波による攻撃によって次々と破壊されていく。


いつの間にか街の上空には数体の機械が――。


特異な形状の鎧甲冑よろいかっちゅうのような姿。


メタリックな白い装甲が、ドームの照明に当てられて輝いている。


ストリング帝国の機械人形――オートマタが空を飛んでこちらへ向かって来ていた。


それらは背中にジェットパックを付けて、手には電磁波放出装置――インストガンを構えている。


そして空から狙撃は始め、スチームマシーンに攻撃を仕掛けていた。


「本気でガーベラドームを滅ぼす気か!? キメラの脅威きょういが世界を襲っているのになんで人間同士で争うんだよ!!!」


アンは走りながら叫んだ。


……ともかく今はルドベキアほくろハリネズミを――。


「クソッたれが!!!」


プシューという蒸気音と共にルドベキアの咆哮ほうこうが聞こえたほうへと進むアン。


そして、その場に到着すると――。


ズタズタにされたスチームマシーンから降りたルドベキアが、血塗れの姿でストリング皇帝と対峙たいじしていた。


ハルバードを地面に突き立てて、杖代わりにしてなんとか立っている、そんな感じだった。


「ここの王は俺だッ!! ガーベラドームは俺が守るッ!!!」


「若くいさましい良い覇気はきだ。だが、それだけでは守れんよ」


ルドベキアが、ストリング皇帝へハルバードの突きを繰り出した。


いくらダメージをっていても、その突きはアンと戦ったときと変わらない速く鋭い攻撃だったが――。


「君は王の器ではない。何故なら君は圧倒的に足りないのだ」


ストリング皇帝は左右の手に握っていたピックアップ・ブレードで、ルドベキアの突きごと十字に切り捨てた。


ルドベキアはハルバードごと体を斬り裂かれる。


「そう、君には“力”が足りん」


アンやキャスが持つ白い光の刃のブレードとは違い、皇帝が持つそれは赤く煮えたぎるマグマのような光の刃だった。


……ルドベキアほくろハリネズミが簡単にやられた!?


ストリング皇帝はこんなに強かったのか!?


アンが驚きを隠せないでいると、皇帝は倒れてうめいているルドベキアに近づいて行く。


「まだ息があったか。先ほどの覇気とそのタフさは認めよう」


ハルバードが鎧代わりになって、ルドベキアは致命傷ちめいしょうけれたが、さすがにもう戦えないようだった。


ストリング皇帝は、赤い刃をルドベキアへ向け、振り落とす。


そのとき、白い光と赤い光の粒子が飛び散った。


「ほう、ここに居たのか。アン・テネシーグレッチ」


「ッ!? 私がわかるのか!?」


アンはそう叫ぶと、機械の右手から電撃を飛ばした。


だが、ストリング皇帝は2本のピックアップ・ブレードでそれを相殺そうさいする。


「わ、私の電撃がブレードで斬られたッ!?」


慌てて叫んだアンに、ストリング皇帝は言う。


「いい機会だ。君にも教えておこう。この世界でストリング帝国に盾突くことがどれだけ愚かだということをな」


その声は低く、けして怒鳴りあげるような大きさではなかった。


だがアンは、自分でも気がつかないうちに、恐怖で身が震えてしまっていた。

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