第33話「星空」

 レモンテスは無理せず撤退し、白雲邦らは危機を脱した。最大の脅威は過ぎ去った。魔王は討滅の死地を抜けた。

 一方、仮面卿一行は。

「仮面卿よ、私はもうだめだ」

 山小屋で、重傷を負ったホプリとパレートを看病していた。

 仮面卿や仮面従者も軽傷を負っている。

 いずれも、コンデリ族の矢でやられたものだ。仮面の二人は、なんとか一斉射撃を乗り切ったが、ホプリらは重傷を受けてしまった。

「……なにをおっしゃいます」

「仮面卿よ。……分かって、いるのだろう?」

 ゴホゴホと、震える唇でホプリは言う。

「これはもはや、回復できる……傷ではない。即死に……至らなかっただけ、で、もう私の死は……逃れられない。パレートも同じだ……残念ながら」

「ホプリ殿」

「疲れた。私は、どうやら……無謀だったようだ。眠いよ」

 息も絶え絶えに。

「私は、もう、だめだ。眠るよ。……おやすみ……」

 彼はゆっくりと目を閉じ、そして永遠に静止した。

「ホプリ殿……ホプリ殿!」

「もう無理です、仮面卿」

 仮面従者が制止する。

「パレート殿も今しがた亡くなりました。もとより、言う通り手遅れの重傷だったのです。それは仮面卿もお分かりでしょう。士官学校でも看護術で習ったはずですよ」

 返す言葉も無かった。その通りだった。

「私たちも、次の一手を模索しましょう。悲しんでいる暇はないですよ」

「……全ては……アイリーンとクロトのせいだ」

 仮面卿は力なくつぶやく。

「カルナス様……」

「リアナ。どうしてこうも、うまくいかないのだろうな」

「それは……」

「この世に神がいるのだとすれば、どうして神は俺にだけ、こうも大きな試練を与えるんだろう。クロトはいつも安穏としているだけではないか」

 かみしめるようにカルナスは続ける。

「こうも……なぜ平等ではないのか……」

「カルナス様」

 リアナはゆっくりと続けた。

「世界を呪うのが無駄だとは言いません。そういう気持ちになることもあるでしょう。しかし、現実と戦わなければ、運命の不平等は埋められません」

「……そうだな」

「何もしなければ、ただ理不尽はまかり通るだけです。立ち上がりましょう、カルナス様。立ち上がって魔王を倒しましょう」

「そうだな……そうだな」

 カルナスの目に力が戻った。

「うん、ああ、まずはじっくり、潜伏しながら今後の策を考えよう」

「そうしましょう、ご主人様」

 策動は、再び立ち上がろうとしていた。


 クロトは夜風を浴びに、街の小高い丘に来ていた。

 星が瞬いている。

 なんとかしてレモンテスは撃退したが、課題は山積みである。

 戦死者の弔い。人員補充。軍の再編成。失った資源の穴埋め。王都関連の対処。

 なにより、クロト自身も疲れ切っている。負傷ではないが、頑張りすぎて全身が痛む。

 仮面卿も懸念材料である。消息不明、きっとどこかへ潜伏しているのだろう。首をその目で見ないことには、とうてい安心はできない。

「色々あるなあ」

 クロトはひとりごちると、大樹の根元に腰かけた。

 そう。色々ある。世界はまだ、平和にならない――「静止」などしないのだ。いつか理想にたどり着くまでは、その流転を緩やかなものにはしてくれないのだ。

 彼はただ、静寂と柔らかな闇のうちに、空を見上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る