第26話「恋の話と果てしなき暗雲」

 アイリーンとクシャナは、アイリーン邸の客間で女の子トークをしていた。片方は女の子といえる齢ではないが。

 なお、ミーナはクロトの命を受け、諜報に奔走しているため、欠席している。

「ところで……最近、私たちは株が奪われているような気がしてなりませんわ」

「株が奪われる、ですか」

 クシャナは頭をかしげる。

「デミアン様が有能すぎるのですわ。私が考えたことを、私より先にクロト様にお尋ねになるんですの」

「ああ、なるほど、それは確かに、でございます」

 妙齢の美女は強くうなずく。

「おまけにデミアン様は伯爵様の直臣。つまりクロト様とは同格ですの」

「クロト様の家臣である我らとは、身分が違うということですな」

 その分、デミアンのほうが気軽にクロトに意見できるということだ。

「やはり、その、ここは……」

「ここは?」

「クロト様に、い、色気で迫るべきですわ」

 アイリーンの顔が赤くなる。

「い、色気……」

 いい歳をしたクシャナも赤面する。

「例えば、その、胸を押し付けたり……」

「と、殿方はそういうのを好まれると?」

「クロト様も、きっとそういうのに興味がおありだと思うのですわ」

 自分の話で顔を赤らめる二人。どうしようもない。

 そもそも、意見や助言の機会をデミアンに奪われているのが論点だったはずだが、そこから話がズレすぎている。

「いやしかし、クロト様はそんな術にはまるようなお人では……」

「そうですわね……そういう小手先の技に惑わされそうにないからこそ、クロト様は魅力があるのですからね」

 二人はそろって冷静さを取り戻す。

「戦場で良い働きをお見せするしか」

「ですが、デミアン様も戦は得意ですからね。それに」

「それに?」

「適性はどうあれ、クロト様は内心では戦がお嫌いなようですわ」

 アイリーンは目を伏せる。

「士官学校時代に何度か、ご本人からお聞きしましたわ。どうもクロト様は、合戦をよく思っていらっしゃらないとか」

「まあ、そういうお方もおられるでしょうな。私たちからみれば理解はしがたいですが」

「華々しい武働きこそが武将の本分、というのが、貴族や武官の大半ですからね。武功を武勇で立てるか、軍略で立てるかはともかくとして」

「然り。まったくもってその通りでございます」

 また話が逸れた。

「まあそれでも、クロト様に興味を持っていただくには、結局何かで活躍するしかなさそうですわ」

「そうですな」

「お互い、頑張りましょう。最近は不穏な動きもありそうですから、幸か不幸か、活躍の機会はありますわ」

「然り。クロト様に勲功を捧げてみせましょうぞ」

 二人は互いに目を合わせ、しかとうなずいた。


 仮面卿は馬を歩かせる。

「仮面卿、今度はどちらへ?」

 仮面従者が問う。

 なお、ホプリらはまたも別行動である。もっとも、これから行く場所を考えれば、そのほうが安全なのだろう。

「レモンテス大公国だ」

「……外の国ですか?」

「ああ。タートベッシュ王国の領邦ではない」

 レモンテス大公国。仮面卿の言う通り、タートベッシュ王国とは主権が異なる。白雲邦や銀鏡邦を国内の「州」のようなものとすれば、レモンテス大公国はまさに「外国」である。

「あの国は、タートベッシュとは」

「ああ。あまり友好的ではないな」

 昔は交流があったらしいが、先代のタートベッシュ国王の治世に政変があり、それ以来、敵視の風潮が広がっている。

 まだ戦争は起きていないが、いつ起きてもおかしくない。

「つまり仮面卿は、戦争を……」

「起こすつもりだ。レモンテスの力で、白雲邦をせん滅する」

 彼は断言した。

 しかし仮面従者もさるもの。すぐに平静を取り戻し、再び問う。

「しかし、卿が国王陛下、または実権の掌握者にお目通りがかなうのですか?」

 大公ではなく「国王陛下」。レモンテスは、確かに国名に「大公国」とあるが、一方で現在の君主は「王」の号を名乗っている。建国者と二代目の間で、大昔に諸々のことがあって、そのような面倒な状況が生じたのだ。

 閑話休題。

 仮面卿は返答する。

「ああ。それは心配ない、取次ぎの約束はしている」

「いったいどうやって……」

「俺の祖母が、宰相の血縁だったのだ」

 今は亡き仮面卿の祖母にして、銀鏡公ライラの母。彼女が宰相の縁者だったのだ。

「なるほど」

「そもそも俺は表向き所属不明。自分からタートベッシュ王国出身だと公言しない限り、取次ぎの伝手さえあれば、拝謁はかなうだろう」

 もちろん、宰相の耳には、ライラから仮面卿の正体を伝えられているだろう。そうでなければさすがに怪しすぎて、打診が断られる。

 しかし他の人間は、仮面卿の出身を知らない。つまり、仮面卿の国籍で重臣たちから疑われることはない。

 うかつに失言しなければ、今回の拝謁はかなう。あとは弁舌をもって、国王に白雲邦攻撃を決心させるだけだ。

「心配は無用だ。白雲邦は救援停止の最中。背中を後押しすれば、あの国は動く」

「むむ、なるほど。素晴らしき腹案ですね」

「まだこの計略は完遂していない。油断は禁物だぞ」

「心得ております」

「ならばよい。戦の際はお前にも期待しているぞ」

 かくして、彼らは国境を越えた。

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