第25話「下ごしらえ」

 仮面卿たちは、再び王都に来ていた。

 中央集権派の貴族たちは、ティファンヌ侯爵に再度集められていた。

 用件は明白。

「今度こそ、白雲邦の邪心が見えてきてはおりませんでしょうか」

 貴族たちは、黙って考え込む。

「山賊団の討伐。その残党を黒鳥衆と称して囲い込む。財貨の勝手な処分」

「しかしな……」

「その一つ一つは、いずれも言い訳が利くでしょう」

 周知の通り、山賊団はいくつもの領邦を悩ませてきた無法の組織。これを打倒するのは正当といえる。

 そして残党をむやみに処刑するのではなく、武官として召し抱え、活かす道を模索するのも建設的ではある。

 その財貨を正当な所有者へ返すのも、法的には正しい。手間賃を割り引くのは、まあセコい行動ではあるが、丸々そのまま返すと財政も苦しくなるだろう。

「されど、これらはいずれも、かなり露骨に白雲の拡張方針をも示しています。状況は前回とは違うのです」

 邪魔な組織を滅ぼし、軍備を増強、財貨を接収する。

 しかもその「邪魔な組織」は、複数の領邦間にわたる軍事組織である。本来なら、その掃討につき王都の指令を仰ぐべきだったのではないか。

「彼らは山賊団の実効支配領域に関しては、しおらしく王都の判断をうかがっていますが、逆にいえば中央を尊重しているのはそれだけです」

 おおよそ領邦の自治権にかこつけて、正義を名目に拡張政策を進めている。

「これこそまさに領邦の野心。いずれは自らが王にとって代わろうとする野望に違いありません。そうではありませんか?」

 仮面卿が問いかけると、今度はちらほらと違う反応が返ってきた。

「国王陛下にとって代わろうとしているかは、少し疑問だが」

「拡張政策ではあるのう」

「法的にはまあ適法なのだろう。だが、これで中央集権が阻まれるのはよくないな」

 法ではなく政治の問題。

 しかし。

「法的に適法なら……何か制裁をするのは難しくございませぬか」

 ある貴族が言う。

「それだな」

「白雲は適法の『きわ』を歩んでいるからのう。踏み込んで一撃食らわすのは難しい」

「法改正、自治権縮小の根回しはできても、それだけでは、ですな」

「いや、何か方途はないか。あきらめるのは早い」

 ティファンヌ侯爵が促す。

「我が国法にも、補充的になんでも取り出せる条文はあるのではないか。刑罰は難しくても、行政法からそれらしい根拠があれば、あとは政治力で処分を引っ張り出せる」

「そういえばありますな」

 貴族の一人が思い出した。

「自治権の濫用。領邦統治法一条二項。拡張政策的なやり方には、『中央政府の尊重』違反でどうにか」

「制裁は?」

「しいて言えば、制裁の弱さが弱点ですな。こたびの場合では、せいぜい六ヶ月間の救援停止処分という程度かと」

 救援停止処分とは、対象となる領邦に内紛や外国からの侵略が起きた際、その領邦に王都中央軍からの援軍を回さない、という処分である。

「見せしめにはなるが、直接の打撃にはならんな」

 老貴族の言葉に、仮面卿は強くうなずいた。

「然り。それだけでは白雲を直接成敗できませぬ。そうなれば中央集権の改革にも、あまりつながらないのでは」

 しかし。

「いや、見せしめになれば十分だろう。我らの悲願は中央集権の確立であって、白雲へのいじめではない」

 そう。真の目的は共有されていない。

 仮面卿の目論見は白雲邦、ひいてはクロトの討伐。しかしこの場の貴族たちは、あくまで中央集権のための志士。

 このズレが、ここに至って邪魔をする。

「しかし……」

「これで悲願へ一歩進めば、それは喜ばしいことだ。白雲邦とて王国の一部、その破壊にこだわる必要はあるまい」

 貴族たちは、おおかたこの結論でまとまったようだ。

「貴殿とてそうではないのか、仮面卿」

 違う、と声を張り上げるわけにはいかない。そんなことをしたら、お尋ね者になる。

 それに、このような結末にも、仮面卿の備えはある。

「……まさにその通りでございます。賢明なご判断、まさに臨機応変の論理です」

「そうだろうとも。あとはわしらに任せておけ」

 なかなか最高の結果は出ない。しかしそのような場合のために謀略とは練られるものだ。

 仮面卿はまだ、自分のすべきことがあるのだな、と実感した。


 白雲邦は評定を開いた。

「不覚にも、王都から処分が下された」

「処分ですか、内容は、そしていったいなぜです?」

「まあ落ち着け。落ち着いて話を聞け」

 マリウスはクロトをなだめ、処分の内容と理由を話した。

「そんな……それはひどい!」

 クロトは珍しく興奮した様子でまくしたてる。

「いずれも僕の献じた策のようですが、そんな、その程度で制裁処分を下されるなんて!」

「まあまあ、落ち着け」

 マリウスは再びクロトをなだめた。

「伯爵様、我らに告知聴聞の機会は与えられなかったのですか」

 デミアンが問う。告知聴聞とは、要するに弁明の機会である。

「それがな、制裁処分は軽微だから、そのような機会を開く必要がないのだよ。国法にも書いてある」

 他国が攻め込んででもくれば、おおごとではある。しかし普通はそう簡単に都合よく他国の挙兵などありえないし、性質からいっても『見せしめ』の制裁処分だ。法学者たちはそう位置付けている。

 マリウスはそう説明した。

「軽微……まるで抜け穴を撃つような」

 デミアンは思案顔。

「中央集権派の王都付貴族が中心となって、処分事由の申告をしたようだ。白雲邦は王都から遠いからな、割り込めなかった」

「中央集権派ですか……仮面卿も暗躍したのでは」

 クロトは冷静さを取り戻し、予測を立てる。

「可能性はある。しかし確証がつかめるかどうか。仮面卿はそう簡単に尻尾を出さぬだろうしな、今までの例からいって」

「それでも調べましょう。王都にまで謀略を巡らせているのは、放置できません」

 これが事実であれば、仮面卿は中央政府にすら、顔が利くということ。実際は誰かが高官やら有力貴族たちに取り次いでいるのかもしれないが、いずれにしても仮面卿は中央に通じるパイプを持っているのだろう。

 とすると、放置してはおけない問題である。中央に伝手を持っているということで、その正体も少しは絞られたが、かといって無視するという選択肢はない。

「うむ、その通りだ。わしの間者衆に命を出す。クロトもお前の部下に命を出してくれるとありがたい」

「無論です。ミーナに調べさせます」

 クロトは強くうなずいた。

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