停滞の軍師――世界の流動は亀裂を生み、学び舎の同期貴族は儚い想いのため戦いの声を上げる

牛盛空蔵

第1話「火急の初陣」

 戦況は劣勢。

「戦力数は『ディビシティ山賊団』のほうが上ですか」

「うむ。我ら『白雲軍』は正規軍だというのに、賊軍より数が少ない。王都からの援軍も出せないそうだ。なげかわしい」

「愚痴を言っている場合ではないですよ、白雲伯様」

 クロトは、自分の父をたしなめた。

「いやはや、わしとしたことが、息子にいさめられるとは」

「ともかく、策を考えましょう」

 クロトが言うと、二週間前から彼の従者となったミーナが説明する。

「このまま前進を続けると、戦場は『紫雲の峡谷』になりそうです」

 紫雲の、などと大層な名が付いているが、要するに普通の峡谷である。

「狭い地形だな。敵も味方も、散開ができん。どう活かすか」

「簡単です」

 クロトが淡々と述べる。

「峡谷の出口付近に布陣すればよいのです」

「出口……敵にとっての出口ということか?」

「はい。僕たちから見れば入口です」

 敵が谷を抜け、開けた地形に出てくる。その瞬間、谷の出口に包囲の陣で待ち構えていた白雲軍が、前方と左右から敵軍を叩く。

「こうすれば、一の敵軍に対し、およそ三の味方で戦うことができます」

「つまり、三対一を、敵の壊滅まで繰り返すってことです!」

 ミーナが補足する。

「ほう。全体の兵数では敵が有利でありながら、現に行う戦いでは終始、こちらが有利ということか」

 戦術においては最大の下策である「戦力の逐次投入」。それを延々と相手に強いる。

「おっしゃるとおりです、父上……もとい、白雲伯様」

 クロトはうなずく。

「さらに、おそらく戦場に着いた後、土塁や柵、空堀など、簡単な防備を普請する時間もあるでしょうね。通常の見積もりより手前に布陣するのですから、その猶予はできます」

「そこまでやるのか」

「やはり相手の数は我が方より多いのですから、最善を尽くさねばなりません」

 クロトは言いつつ、己の専門家ぶった物言いに、心の中で自嘲した。

 つい二週間前まで、王都の士官学校で勉強していた自分。卒業したとたんに実戦とは。

 そんな人間に策を請う周囲も周囲である。貴族の初陣など、常ならば絶対に勝てる、形ばかりの儀式であるべきだろう。

 頼れる副将がいない。形勢不利。それでもって、士官学校の今期卒業生の中ではおそらく最速の初陣。

 副将がいないのには、運の悪さもある。つい先日、参謀役を一手に担っていた宿将ゲーエンが、病で他界したのだ。

 ともかく、どこを切っても、この舞台は彼には大きすぎる。……だが、自分でも言ったように、愚痴っていても始まらない。勝負の時は、彼の望むと望まざるとにかかわらず、ひたひたと迫っているのだ。

「やりましょう。戦うしかないのです。ご命令を、白雲伯様」

 クロトは、父に下命を促した。


 やがて、ディビシティ山賊団が峡谷に差しかかった。

 この山賊団、呼称こそ「山賊団」だが、実際は一定の実効支配領域を有している。要は半分、国のようなものなのだ。

 もっとも、どの国もこの山賊団を国とは認めていない。それは、政治の構造がいい加減であるせいもあるが、やはり一番は、この集団がろくに内政や外交をしていないせいだろう。

 主な収入源は、あくまでも略奪。だからこそ、このような会話もなされる。

「あぁ、めんどくせえなあ」

「どうした」

「今回の相手、白雲地方だろ。あの領地、あんま金持ちじゃねえんだよなあ」

「ああ、そういうことか。確かに実入りは少ねえよな」

「せめて大河領ぐらいには金持ってればなあ」

「そういうところは、それはそれで、軍がそこそこでかいからな。苦戦する」

 ぶつぶつ言いながら、峡谷をひたすら進む。

 すると。

「おっ、あれは敵だな」

「白雲領の旗だ。さて、ひと暴れだな」

 賊兵が槍を構えると、小隊長が叫ぶ。

「野郎共、いくぞ、突撃!」


 飛び出した腕自慢の賊兵たちは、しかし目の前の光景にうろたえた。

「うおぉ、これは」

 前も左右も敵。完全に囲まれている。

 しかし退くわけにもいかない。とりあえず前方の敵へ。

 ……だが、柵、土塁などが邪魔をする。

「ちくしょうめ、このっ……」

 こうしている間にも、もちろん白雲軍は攻撃をする。

 前方からは弓、弩、鉄砲。愚かにも突っ込んできた賊兵へ、容赦なく襲いかかる。

「がふっ、くそ……!」

 腹に弩の直撃を受けた兵士が沈む。

 左右からは槍と剣が、賊軍を打ち据える。

「覚悟!」

「卑怯者が!」

 うかつにも防御陣に突撃してきた山賊軍は、みるみるうちにその兵力を失った。


 クロトは、今年三月、王都の士官学校を卒業したばかりの若造である。

 そして、白雲地方を預かる伯爵マリウスの息子でもある。他に爵位継承権者がいないので、必然、次期白雲伯ということにもなる。

 たかが十六の若造である彼が、作戦の中枢をいきなり任されたのには、このように「彼が後継ぎだから」ということも一因である。

 もっとも、それだけではない。

 彼は前述の通り、士官学校を卒業した。だが、ただの新卒ではない。今期卒業生の中で、彼は次席、つまり第二位の成績で学び舎を出たのだ。

 この点、学校の成績が実社会での優秀さと同じとは限らない。それはすでに多くの人が言う通りであり、また実際に士官学校卒業生の動向を追っても、首肯できるものだった。

 しかし、それでも次席卒業という肩書きは大きい。貴族や優秀な平民といった、平凡ならざる人間の集まる中で、頂点に近い評価で卒業できる人間は希少である。

 そこへもって、白雲領参謀の急死。

 十六の若造とはいえ、クロトにも兵法の働きが求められるのは無理もない。むしろ「誰でもいいから有効な策をよこせ」となるのは必定だろう。

 さて、その「十六歳の軍師」を輩出した、王立士官学校の話をしよう。

 貴族は原則として全員入学。平民は試験を通った者が入れる。通常、年齢十歳で入り、十六歳で卒業。いわば小五から高一に相当するわけだ。

 士官学校という名前ではあるが、卒業生が王国軍の士官になる義務を負うわけではない。軍事、武芸、内政、外交などの学校……といったほうが実情に合っている。

 卒業後、貴族のうち、クロトなど実家が領地を持っている者は、実家に帰って領主を補佐する。王都付、つまり任地のない貴族は、王都やその周辺に残って公務に就く。

 平民の場合、進路は様々である。王都中央軍に入ったり、文官試験を通ったり、民間で就職したり。

 クロトの従者となったミーナのように、士官学校で知り合った貴族子女に仕官する者もいる。むしろ、平民出身の学生にとっては、貴族への仕官は結構な栄達である。

「クロト様、こんなところにいたんですね!」

 早速ミーナがこちらを見つけてきた。この高台は昔から、クロトの好きな場所なのだが、きっと彼女もこの夕暮れの景色を気に入ることだろう。

 彼は彼女を見る。

 茶髪に黒眼。背はやや小さめで、その代わりバストは大きめ。士官学校での訓練のおかげで、全身に引き締まった筋肉がついているが、そこは女性らしく、適度な柔らかさを思わせる。

「何をしていたんですか?」

 ぱあぁ、と満面の笑顔で尋ねる。

 まぶしい可憐さである。

「いや、まあ、久しぶりの故郷を見渡していたんだ」

「へえ。しかし、今回のいきなりの初陣、すごかったですね」

「まあ、白雲伯様は兵法があまり得意ではないし、ゲーエンは鬼籍に入った、残りの武官も『戦闘』には慣れていても『軍略の立案』は不慣れだった。僕がどうにかするしかなかったんだよ」

 ミーナも一応、士官学校を出ているが、軍略立案については平均ぎりぎりの成績に過ぎなかった。となると、やはりクロトが作戦定立の軸にならなければならなかった。

「そうだ、ミーナ、この景色を見てよ」

 地平線の果てに、ゆらゆらと沈みゆく太陽。その鮮やかな黄昏色は、静かに地上を照らす。

「わあ……!」

「この景色を……守れたらいいな」

 若くして奮闘を運命づけられた青年は、ただ夕方の風に吹かれた。

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