こんな完璧で平和な世界救うのに勇者は100万人も必要ですか?

@Fukuroooo

序章 スサノオ編

プロローグ 今日から全員勇者です

   全世界の高校生の皆さん






 今日からあなた達は全員勇者です






      ―1日前―


 今日は一段と蒸し暑い。まだ3月なのに。


 「春も気の毒だよなあ。同じ『ハル』として心底同情するよ」


 オレは遠い目で呟いた。いや、痛すぎぃ。ラノベの主人公でもあるまいし。そういえば『リク』に「ドキドキシルちゃん」の4巻返してなかった。まだ訓練場にいるだろうか。あそこ苦手なんだよなあ。かと言って、家に帰りたくもないし…。まあ、行くか。


 『ハル=ウォーリア』は稀代の天才魔道士になる筈だったのに…。このご時世、魔道士は要らないってさ。大昔、魔法は戦争の道具だった。でも今じゃ、専ら市民の生活を支えるエネルギー源でしか無い。何が平和な世界だ。お前らの幸福が将来有望な少年の夢を潰したんだよ。







 「おいハル!こいつは凄えぞッ!ブロッサム魔法高等学校始まって以来の大発明だッ」


 尖り頭のハイテンションな野郎がハイテンションな顔でハイテンションなガラクタを見せつけながら俺目掛けて突進して来た。


 こいつはオレの幼馴染の『リク』。自称「オレの親友」。将来の夢は発明家?だったかな。魔法を利用した機械の需要は高い。つまり、将来有望なハイテンション小僧って訳だ。オレの通う「ブロッサム魔法高等学校」ではここ、魔法訓練場以外での魔法の使用が禁止されているため、リクはここで日々、発明に明け暮れ、完成すると必ずオレのとこに見せに来る。正直、機械の価値はオレにはわからないが、その価値に関わらず「ガラクタ」と見なすことで、オレはリクへのどうしようもない劣等感を抑え込んでいた。


 「おっそうだなそれよりこれ読み終わったから返すわじゃあまた明日」


そう言って訓練場の分厚い鉄扉を開けようとしたとき、扉が勢いよく手前に開き、オレはギャグ漫画みたいに後方に転がった。ざっけんな。どこの礼儀知らずだ。ここに入る時はノック2回が常識だろうが。怪我はしてないが、治療費を請求してやる。


「てめえどう言うつもり…」

やだ超イケメン。


 目の前に立っていたのは黒髪、長身の美男子だった。見たところ同学年か?茶髪、チビの自分とは容姿のレベルが段違いだ。いや、茶髪はいいか。別に男が好きな訳では無いが、アイドル張りのイケメンが突然現れ言葉が詰まった。スクールカースト最底辺のオレにとってそいつは次元が違い過ぎたのだ。


 「すまない。来たばかりでな…。成る程、ここが訓練場か。確かに良い所だな…」


 来たばかり?確かにこんな二枚目は見たことない。転入生か?


 そんなことを考えているうちに爽やかボーイは廃れた射撃場の方へ行ってしまった。転校して来て訓練場の下見とは勤勉な奴が来たもんだ。外見だけじゃなくさぞ中身も優秀な奴なんだろう。まあ所詮自分とは違う世界で生きる天才なんだ。天才を自称する凡人とは違う。


 「…おいハル大丈夫か?非常識な奴もいるもんだな。あいつとは絶対馬が合わないと断言できるぜ」


 リクは頭だけじゃなく口まで尖らせて呆れ顔で言った。そんなリクを横目にオレは苦笑いを浮かべながら訓練場を後にした。漫画は借りパクした。







 「時空の異常な乱れを感知。どんどん広がっていきます!これはまさか…!」


 「『光の賢者アルヴィス』に至急連絡しろ!避難勧告はまだ出すな。パニックが起きれば事態は更に困難な物になる」







 あーあ。世界は平和と退屈を履き違えてる。天災は忘れた頃に何ちゃらなんだ。いざという時に魔道士は必要なんだよ。


 気怠げな少年は俯いて、頼りない形の自分の影にため息をついた。


 目を瞑ると、じゃないみたいだ。少しの間だけ、この大嫌いな世界から逃避できる。







 「依然、『ゲート』拡大中!空城スカイキングダム、シールド展開します!」


 巨城を鮮やかな水色の光の膜が覆う。


 「500年の時を経て、今更この世界に何の用があると言うんだ…『魔王』よ」







 「夕飯買って帰るか。」


 オレは目を開けて校門から出ようとした。


 そこでおかしな事に気付いた。オレの影が無い。正確には影はある。それも、辺り一帯を覆う巨大な影が。何だ?


 オレは振り返り、


 「は?」


 唖然した。そりゃそうだ。誰だって驚く。だってさ…


 空に穴が空いてんだもん。


 目を見開き、空中に浮いている馬鹿デカい黒い穴を見つめていると、今度は中から尖った物が出てきた。平たく細い…剣?みるみる穴から刀身が伸びて、ついに全身を現した。それは、穴から遠く離れているであろう場所にいるオレが肉眼で目視できるほど巨大な両刃剣だった。


 そこからの展開は早かった。まず、その『剣』は穴の真下に突き刺さった。そこで初めてオレは自分と穴との距離感を悟った。かなり離れている。だが、剣から発せられた地響きは夕暮れの静寂をいとも簡単に壊した。


 次に街中で避難警報のサイレンがけたたましく鳴り始めた。こいつを聞いたのは生まれて初めてだ。結構うるさいんだな。とりあえずどこかに逃げ







 「…ぶか?!おい!目を開けろ!」


 目を開けるとそこには見覚えのある黒髪イケメンが。気を失っていたようだ。薄暗い。もう日が落ちたのか。


 「良かった…。意識はあるようだな。良し。立てるか?」


 イケメンは真剣な表情でオレの腕を自分の肩に回した。身体中が痛い。特に右の手首が。折れてるのかな。こんなに痛いのは何年振りだろう。


 「状況が全く把握できてないんだけど…オレは何がどうなってこんな状態に?」


 オレはそう言いながら辺りを見渡すと、自分のいる場所が酷く狭いことに気がついた。閉じ込められた?いや、違うな。どうやら土の壁がドーム状に二人をすっぽりと覆っているようだ。ひび割れた壁の隙間から僅かに光が漏れて差し込んでいる。


 「詳しく説明してやりたいとこだが、生憎あいにく俺にも分からない。地響きに驚いて校舎から出たらお前が頭から血を流して倒れていた。咄嗟に土魔法で壁を作り、衝撃に備え、お前の応急処置をした…まあ、そんな所だ。」


 成る程、わからん。でもまあ、おそらく飛んで来た石かなんかに頭打って気絶したんだろう。オレらしいな。とりあえず礼をしなければ。


 「成る程。何はともあれ、助けて下さってありがとうございます。『ハル=ウォーリア』です。貴方は…」


 「俺は現世の混沌を統べる光と闇の超越者エンターテイナー『ジーク=シュトロハイム』。これも何かの運命だ。これからも宜しく頼む。」


 ん?何つったこいつ?一体何が起こった?こいつの顔がかっこよすぎて幻聴でも聴こえたのかな。そうだよね。そうに違いない。


 「おい、どうした?何か変なこと言ったか?生と死の狭間から帰りし初心者ビギナー超越者エンターテイナーよ」


 いや、幻聴じゃなかったッ!え、何?中二病?高二で?てか、さっきまでそんな喋り方じゃなかっただろ!この緊迫した状況でギャグかましてんじゃねぇよ!


 と、とりあえず、こいつの現在進行形の黒歴史は置いといて、外の状況を確認しよう。大分時間が経っているみたいだし、あの『剣』による被害が気になる。学校は、自宅は、リク達は大丈夫だろうか?


 「よ、よろしくお願いしますジークさん。全身痛いですが、何とか動けそうです。外が気になるので壁壊しますね。」


 オレはそう言うと手で壁を掘り始めた。見かけより厚い。崩れないように慎重に掘り進める。


 「ああ、そうだな。動けるならそうした方がいい。早いとこ治癒魔法が使える者を探さなければな。それと、俺は『ジーク』でいい。敬語も使わなくていい。」


 ジークが指をパチンと鳴らすと土は音もなく消えていった。やめてえ。一生懸命掘ってたオレが馬鹿みたいじゃん。さて、外はどんなものか。


 外に出て、まず空を確認した。あの穴は…無い。巨大な『剣』も見当たらない。代わりに穴のあった場所には当然のようにお月様が静かに輝いていた。目の前にはちゃんと歴史ある魔法学校が聳そびえ立っている。思った通り大小の岩石は転がっているものも、それ以外は大した被害もないように見受けられる。一面瓦礫の山になっていたらどうしようかと思っていたが、その心配は杞憂だったようだな。


 オレが一安心していると、ジークも先程の険しい顔つきから安堵の表情に変わった。


 「ここら辺の被害は小さいようだな。お前は今すぐ病院に行け。手首の腫れが酷いぞ。付き添おうか?」


 「いや、大丈夫。ありがとう。けど、その前に一旦家に帰るよ。こういう時は家族と一緒にいた方がいいでしょ。今日は本当にありがとう」


 オレはジークに再度礼を言うと、帰宅し、両親の無事を確かめてから一人で病院に行った。頭部からの出血は大したことなく、右手首はやはり折れていたが、医者の治癒魔法で腫れは引き、骨も安静にしていれば数日でくっつくと言われた。こんな日に怪我を見てくれる医者がいんのかって思った。世界を一つに統合し、医療体制を万全に整備した『光の賢者アルヴィス』に初めて感謝した。


 ベッドに入って、明日のことを考えた。明日、学校でリクに謝ろう。『ドキドキシルちゃん』無くしちゃった。てへっ。




        ―翌日―




 結局、リクへの謝罪は先延ばしになった。学校はしばらく休校らしい。


 そりゃそうか。あの『剣』は、そこらの「魔物」とは段違いにヤバかった。きっとあの穴の周辺地域の被害は甚大だし、もしまた『あれ』が現れたらそれこそとんでもないことになる。ましてや、ここら辺に出現しない保証なんてない。冷静に考えてみると、今世界がどれだけ危機的状況に置かれているかがわかった。怖い。今になって恐怖が込み上げてきた。背筋が寒い。


 そう、世界はたった一回の襲撃で、簡単に平和を失った。何の打開策もないまま、その残酷な事実だけが無傷の人々にを与えた。


 あれこれ考えてても仕方ない。思案しても恐怖が膨らむだけだし。ニュース見るか。現状を知れば少しは落ち着くかもしれない。


 ポチッ


 『ということですか?…その通りです。調査の結果、あれは魔物のどの特徴にも当てはまらない。いわば、全く未知の第三の生命体である可能性が高いです。』


 おー、やってるやってる。やっぱどこのチャンネルも昨日の話題で持ちきりだな。


 『なるほどー、未知の生命体ですか。興味深いですね。因みにその生命体についてなんですが、あーちょっと待って下さい。速報です。今回の事態を受けて、光の賢者アルヴィスの会長、ゲンマ=ルドゥッシュ氏が緊急会見を開く模様です。中継を繋ぎます!』


 光の賢者アルヴィス対応早いな!流石と言わざるを得ない。この世界の政治を一手に引き受けているだけある。たった13人のご老人がよくやるよ。


 『まず昨日、空城スカイキングダム上空に出現した生命体についてですが、あれは私が撃退致しました。』


 マジか!あれを倒したってか?!人類最強の男、『ゲンマ=ルドゥッシュ』。加えて、世界の頂点に立つ行政機関、光の賢者アルヴィスの会長。八十歳を超えても尚、その座を譲らない完璧超人。半端ねえよ。あんたは第四の生命体ですか?人間辞めちゃってる系お爺ちゃんですか?


 『我々の調査の結果、先の生命体の正体について、いくつかの事実が判明致しました。これからお話しすることは揺るぎない真実であります。どうか冷静に受け止めて頂きたい。』


『今から500年前、突如として出現した「魔王」により、我々は世界の三分の一を失いました。「魔王」は破壊の限りを尽くした末に、偉大なる「四人の勇者」達の手により消滅したとされています。我々は過去のデータと今回の事件とを照らし合わせ、昨日観測された時空間の乱れが500年前の「魔王」出現の際のものと酷似していることを確認致しました。更に、昨日の生命体と共に空中に現れた穴の様なものについては、500年前にも同一の観測記録があります。これらから考えるに…』


 『昨日の生命体は「魔王」である。我々はそう判断致しました。』


 …!魔王…嘘だろ?歴史の授業で習ったが、もう大昔に消滅したって。それで世界は永遠の平和を手に入れたって。そういう話じゃなかったのか?!また世界地図にってことか?落ち着けオレ。そいつは超凄いゲンマさんが倒してくれたんだ。一件落着だろ?


 『また、更なる調査の結果、昨日の個体は500年前のものとであると判明致しました。我々は昨日の個体にコードネーム「スサノオ」を発行致しました。』


 スサノオ…。


 『…確かに、スサノオの恐怖は去りました。しかし、警戒を解くべきではありません。むしろ、始まりと考えるべきです。更なる魔王の襲来に備えるため、我々は新しい法令を今ここで施行します。』


『魔法を用いた戦闘を生業なりわいとした職業を「勇者」と定め、現在、魔法高等学校に在籍している者達はこれより、「勇者」以外の職業に就くことを禁止致します。』


 は?何言ってんの?


 『全世界の高校生の皆さん、今日からあなた達は全員勇者です』

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