48話 久し振り
「村長さんの……匂い……」
螺旋階段を上る最中、クローイが呟いた。サミュエルも、それに倣って鼻に意識を集めるが、
「あの人、何か匂いする? びっくりするくらい無臭じゃない?」
「いいえ、します。ふわっと……土、みたいな……」
「多分それ、土を弄った後だからだと思うよ」
クローイは村長との付き合いが長いと聞いている。だからこそ感ずるものがあるのかもしれない。サミュエルは少しも羨ましいとは思わなかった。
とにかく、いつまでもここで停滞している訳にはいかない。アレクシアを先頭に石の階段を上って行く。
段を一つ踏み締める度に
ここで挟撃をされたら逃げ場がない。ぽっかりと中央に開いた穴へ身を投げる以外には。半ば駆けるように進む。やがて左手に扉が見えた。地下を出てから二つ目の扉――おそらく、地上二階に位置する。
「そろそろ横道も行ってみよう」
マルケンが躊躇いなく戸を開く。慌てた様子で隙間に滑り込むアレクシア。村人の気苦労は計り知れない。この点だけは、気の抜けた村長に軍配が上がる。
戸を抜けた先には廊下が続いていた。赤い絨毯を敷く、絢爛とした装いである。壁に施された装飾は、つい最近まで手入れがされていたかのように、控え目ながら輝きを見せている。
どうやらこの一本道は、城内部を走る通路――キャットウォークと呼ばれる箇所のようで、手摺を隔てた眼下には大きなホールが確認できる。
ロウソクを数本灯すだけの薄暗い空間には人が集まっており、どれも煤けた服を
「避難場所になってるのか」
シリルが呟く。
この国は『戦士』や『狩人』などの戦闘職を多く持つが、当然非戦闘職も、それ以上に抱えている。ここには力を持たぬ者が集まっているのだろう。
「敵」の目的は東門、そう思われている以上、ここ西側に集まるのは自然である。加えて城は、並の建物よりも遥かに強固であり、立て籠る場所としては最適であるように思えた。
「どうする?」
アレクシアの言わんとしていることは明白だった。殺害するか否か。
彼等は無力である。サミュエルがあの村を襲撃した時、果敢にも立ち向かった男のように。いくら体格がよかろうとも、現行の戦闘職に敵う筈がない。余程の幸運が訪れない限りは。
「言っただろう、アレクシア。無駄な犠牲は出さないと。さあ、行こう」
男の言葉は一貫している。女性は唇を付き出すと、不貞腐れた様子で絨毯をにじる。
通路を渡ると、十字の分かれ道に辿り着いた。前にある扉は螺旋階段、ただし先程のものとは異なる塔に続いている。左手には一階へ降りる階段、右手にはまだ廊下が伸びる。
この廊下には窓が設けられているが、大半のガラスが砕かれている。風避けか雨避けか、代わりに申し訳程度の板張りがなされていた。その為、暗い。
マルケンの持つランプが微かに景色を映し出すが、仮に敵が待ち伏せていようとも、それを照らすことは出来ない。向こうに先手を取られることは必至だ。
城の南面、街の広がる東側からは容易に見ることの出来ない位置――それが見るも無残な有様になっている。何やら意図を感ぜざるを得ない。サミュエルは軽く眉を顰めた。
ガラスの破片一つ散らばっていない絨毯を進んでいると、ふとシリルが足を止めた。
「村長、追手だ」
「バレたのか?」
シリルを顧みるマルケンは渋い顔をしていた。だがシリルは首を振ると、
「いや、おそらく……たまたま城に来たのだろう。治療か何かで」
「医療品を探しに来られたら面倒臭いね~。じゃ、ここらでお別れにしよっか」
先導していたアレクシアが踵を返す。列の最後方、城の入口を隔てるように、一組の男女が立ち塞がった。
「村長の言う通り、奴等は殺さない。でも、人質に使うくらいならいいでしょ?」
「五体満足ならな」
「いえーい、言質取ったり! 行ってくるね、村長。シリルは残しておいていい?」
「壁の内側から城に入れるのは、実質あの入口だけだろう。裏口もあるかもしれないが、まあ、その時はその時だ。だからあそこを押さえておけば……ということで、シリルも一応行ってくれ。必要なさそうだったら合流していい」
目を細めて、シリルは力強く頷く。許可を得たアレクシアは、歓声と共に駆けて行く。
それほど騒いでいたら、強襲の意味が薄れるのではないか。懸念する一方、どうやらシリルは慣れているようで、相変わらずの涼しい顔でそれを追う。
二人の姿はあっという間に闇へ溶け込む。数分と経たずに悲鳴が聞こえて来た。始まったらしい。
「よし、今の内に進もう」
足止めに向かった女性に代わり、マルケンが前へ出る。
城内に設けられた部屋の一つ一つを開きつつ、廊下をひた走る。景色は然程変わらない。階段を上がり、三階に到達しても、結果は同じだった。
下層より響く叫声、怒声、あるいは金属のぶつかり合う音だけが、事態の急変を告げる。
「あれ、そういえば……」
ふとクローイが口を開く。
「イアン君も、どこかにいたり――」
無防備な背に、何かが迫る。半ば反射であった。床を蹴り、クローイの背後に滑り込む。突き出された腕を払い除け、サミュエルは顔を
およそ同じ背丈。見慣れた顔。覚えのある手法。サミュエルと某村との出会いの如く、彼は容赦なく、短い牙――ナイフを光らせる。
「久し振り、サミュー。来ると思ってた」
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