34話 多分これが一番早いと思います

 建設は半日と掛からずに完了した。


 男子部屋の側面から畑方面へ、緩い傾斜を描く屋根を伸ばし、柱を立てる。


 雨が吹き込むような事さえなければ、これである程度の劣化は防ぐことができるだろう。「劣化」という概念がこの世界に存在していればの話だが。


「図見ただけじゃイメージ湧かなかったけど、こうなるのか。休憩場所にもってこいだな」


「椅子か何かを置いておいてもよさそうですね」


 一時避難させておいた資材を、屋根の下に運びこむ。それが終わる頃には終えた頃、クローイに依頼していた設備の完成が報告された。


 《千歯扱き》に《なめし台》、それから《乾燥台》を二つ。


 《なめし台》は男子部屋、《乾燥台》は女子部屋の近くに。《千歯扱き》は畑と仮倉庫の間に設置する。


 どれも効率に重きを置いた配置ではあるが、本当に村人の動線に沿っているかどうか疑問は残る。


 待ちに待った《千歯扱き》を得たアランは、早速脱穀の作業に取り掛かった。


 束ねた《小麦》を《千歯扱き》の歯に掛け、力任せに引く。するとブチブチと身を千切るような音と共に実は剥ぎ取られ、浅い器に落下した。


「なんか……あれだな。手でも出来そうだな」


 アランが呟く。


 異論はない。この程度の作業ならば、確かに手で行うことも可能であろう。だが作業量が増えれば、おのずと道具の有難味を知る筈だ。


「で、脱穀? したらどうすればいいんだ?」


「籾殻を取らないとなので、えっと……確か踏んでも出来るって、ナビ子さんが」


「村長、やってみたらどうだ? このくらい出来るだろ」


「そうですね。ちょっとやってみます」


 俺は靴を脱ぎ捨て、裾を捲る。


 この程度ならば、そんな期待と共に足を降ろしたが、皮膚に伝わるのは器の感触のみだった。籾はどこにもない。


「駄目っぽいです」


「駄目か。基準がよく分かんねぇな」


 首を捻りつつ、俺は服装を整える。


 彼は気まぐれに、俺の「出来ること探し」を手伝ってくれる。


 その真意は不明である。貸しを作ろうとしているのかもしれないし、自分の仕事を減らそうとしているのかもしれない。『世話焼き』という特性に駆られての行動とも考え得る。


 だがどれにせよ、仕事外で交流を持ってくれるのは、俺としては有り難いことだった。これからも毎日のように顔を合わせることになるのだ、障害は取り除くに限る。


「おーい、手の空いてる奴、ちょっと手伝ってくれ!」


 アランの張り上げた声に招かれたのは、クローイとサミュエルだった。


 この手の作業には、イアンが喜んで参加するとばかり思い込んでいたのだが、どうやら彼は『罠師』としての作業に従事しているらしい。


 手早くアランは指示を済ませ、脱穀を進めていく。一方のクローイとサミュエルは、脱穀したての籾を別の器に移し、二人揃って踏み始めた。


「親の仇のように踏みつけるんだと。そういうの得意だろ、サミュエル」


「あ、アランさん、もっと笑えるジョークにしてください……」


 籾殻の砕ける、小気味よい音が広がる。最初こそ億劫そうなサミュエルであったが、その顔も次第に和らいでいった。


「これ、食べられる部分とそれ以外を分けないとですよね? どうしたらいいんですか……?」


 足を動かしつつ、クローイが尋ねる。俺は首を捻った。


 米の脱穀の際に使用されたという唐箕は、風力を使って殻と実を分別していたという。その手法に倣うならば、ここでも風が有効そうだ。


 だがその理論は「現実において」である。この世界の常識に通用するかは別問題だ。俺はナビ子を呼び寄せるより他なかった。


「御用ですか、村長さん!」


 ナビ子が、さながら野球選手のように滑り込む。どこから飛んで来たのか、その息は微かに上がっていた。


「脱穀と脱稃だっぷ……でしたっけ? それは完了したんですけど、どうすれば食べられる状態になるのか分からなくて」


「実と殻をどう分離させるか、という問いですね。その為には風の力を利用します」


「風……やっぱり風ですか。唐箕の出番ですかね?」


「残念ながら《唐箕》はまだ作ることが出来ません」


 眉を落とし、ナビ子は首を振る。


「現段階では人力で作業することになります」


「人力? まさか、フーってするんですか?」


「フーってするんです」


 実と殻の分離には呼気を使用する、それはあまりにも気が遠くなる作業だった。普段は嫌な顔一つ見せないクローイすら、今回ばかりは口を歪めている。


 だがこのゲームのことだ。現実に準拠せずともよいし、代替案を考えていない訳ではあるまい。俺は一縷の希望を求めて問うた。


「何か道具はないんですか?」


「もちろんあります。正規の攻略法では《ふいご》の使用が最も容易な簡略手段ですね」


「《ふいご》って、アコーディオンみたいな蛇腹が付いてるやつですよね。鍛冶に使うイメージなんですけど、ここでも使えるんですね」


「《唐箕》の作成が可能になるまで人力だと、かなり効率が悪いので。苦肉の策だそうです」


「そんな制作秘話が……」


 どの段階で《唐箕》が使用可能になるのか定かでない以上、救済処置は有り難かった。


 早速《ふいご》の作成に移りたいところではあるが、ナビ子の表情から察するに、一筋縄ではいかなそうだ。


「ちなみに、《ふいご》のレシピを解放する為には、研究が必要になります」


 研究をする為には、『学生』もしくは『研究者』などの役職が必須である。だが俺の村ではその役職を確保しておらず、また人材も足りていない。効率化は、もうしばらく先になりそうだ。


「何か扇げる物を作ってきます……」


 肩を落としたクローイが足早に去って行く。残されたサミュエルは黙々と、目に見える不純物を取り除いていた。

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