17話 せめてものお願い

 どの職人も、まずは自分が作業をする為の台が必要となる。『木工師』なら《木の作業台》、『石工師』なら《石の作業台》がそれに該当する。


 《石の作業台》は、その名の通り石――《石材》を材料として用いるのだが、俺達はそれを持ち合わせていない。


「という訳で明日、《石材》の確保に向かいたいんですけど、手が空いてる人いますか?」


 夜。クローイが急ピッチでこしらえてくれた《木のランプ》を囲み、もはや日課となった会議を開催していた。囲む人は俺を含めて五人。皆が皆くつろごうとすると流石に狭い。


「オレは忙しいからパスで」


 アランは宣言をする。最近は鳴りを潜めていた「働きたくない病」が発症したかと思いきや、彼には新たな耕作地の開拓と《ニンジン》の種付けを任せてある。少々しゃくだが、彼の「忙しい」は真実だ。


 だが、《石材》を確保するということは、採掘をすると同義である。そのような肉体労働を女性に強いるのは、男として気が引ける。


「俺も出来たらよかったんだけどなぁ」


「あら、出来ませんの?」


 ルシンダが意外そうに目を丸める。そうだ、と頷こうとして、俺ははたと気付いた。


 俺は確かに制限を掛けられている。出来るのは村人との会話と指示のみ。しかしその一方、接触できる物も存在する。建材や作業台がその例だ。「働くこと」に対する実験は行っていないが、ナビ子の口振りからして難しいように思える。


「……一応、挑戦してみます」


「今なら特別に、わたくし専属の採掘師に任命してあげるわ」


「なるほど、『石工師』に永久就職するつもりなんですね。分かりました。では、例の話はなかったことに――」


「村長のままでいいと思うわ!」


 くるりと手の平を返される。役職『ニート』に就く夢は、やはり捨てきれないらしい。


「クローイさんは?」


「私も、特に仕事はないので参加できます。でもコンテナとか、収納できる物を作った方がいいですよね?」


「そうですね。……確か収納って幾つかありましたよね。どっちがいいんでしょう」


 ナビ子に視線を送ると、彼女はファイルを捲る。珍しくツインテールを解いた彼女は、平生よりもかなり大人びて見えた。


「収納でしたら、主に《木のチェスト》と《木のコンテナ》があります。前者はふたが付いていますが、後者にはありません。また、どちらも大小二種類があります。どちらも資材の運搬・保存が可能ですが、大きなサイズだと運搬には二人必要となります」


「入れ物ごと運べるのは便利ですね。――クローイさん、明日の朝でいいから、大きい方の収納を作っておいて頂けますか。朝でいいですからね! 今日はちゃんと寝ないと駄目ですよ!」


 そう伝えると、クローイは力強く頷いた。今すぐにでも作り出さんばかりの意気込みだが、俺が釘を刺した通り、今日は素直に身体を休めるようだ。


「俺からの連絡は以上ですけど、何かある人はいますか?」


 ぐるりと見渡す。クローイとルシンダは顔を見合わせ、ナビ子は好奇の目を向けている。


 特にないか――そう会議をお開きにしようとしたところで、意外なことにアランが手を挙げた。


「どうしました、アランさん」


「せめてな、あのー違うんだ。別に贅沢しようとかそういう訳じゃなくてな? 勘違いしないで欲しいんだけどさ」


「はい」


「部屋がな、欲しいんだ。せめて女子組とは別の寝室がさ、欲しくて」


 窺うように、極めて腰を低く言うアランだが、それにナビ子は容赦なく噛みつく。


「私の個室計画も却下されたのに! 許されませんよ、それは!」


「考えてみろよ。お前等だって男の中で一人寝るのは嫌だろ? そういうことなんだよ、俺は!」


「別に襲いませんし!」


「違ぇよ、自意識過剰の痛い奴じゃねぇから! なあ、同じ男なんだ。村長なら分かるだろ? 本当に小さい部屋でいいから。ドアと壁で区切ってほしい。な、いいだろ?」


 アランの気持ちも分かる。正直俺も、女の子が眠る部屋でぼうっと夜を過ごすのは、かなり疲れる。同性は同性同士で固まる方が、何かと楽だ。ナニかと。


「分かりました、検討します」


「よっしゃー!」


 雄叫びと、共にアランが力強いガッツポーズを決める。それにはナビ子も、あろうことにかルシンダまで驚愕の声を上げた。


「いっ、いやいやいや、村長さん、それはおかしいです! 私の方が貢献度高いですよ!?」


「なぜその男を優先的に……はっ、まさか、そういう……?」


「あっ、二人っきりになれる場所をって……?」


 ナビ子とルシンダは顔を見合わせ、黄色い声を上げる。仲がよさそうで何よりだ。


「アランさんの部屋は男子専用部屋という形になります。今こそ個室という形ですが、今後男性入植者を迎えたら、ここと同様に共同部屋になります。ただしここも、次に作る家も、あくまで仮住まいなので安心してください。後に皆さんの個室を作る予定です」


「――てな訳だ。先に雑居房からオサラバさせてもらうぜ」


 女子組の反発は続く。謎原理で燃え続ける《木のランプ》が悲鳴を上げるまで、その応酬は長く続いていた。



 まさか今一度訪問者が現れようとは。この時の俺は、全く想像もしていなかったのである。

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