15話 感情と相談

「あ、あの、村長さん……」


 小屋の中、念願の《ワラ敷きベッド》を設置していると、作業台に向かうクローイが話し掛けてきた。


 彼女の手は、残りのベッドを作成するべく動き続けている。こちらに背を向けている為、その表情は読み取れないが、少なくとも笑みは浮かんでいないだろう。


「言い過ぎだと、思います」


 ルシンダさん、泣いてました。背を丸め、彼女は口にする。


 俺とて罪悪感を覚えていない訳ではない。強い口調となったこと、冷たく選択肢だけを押し付けたこと。何よりも彼女の事情をおもんぱかることなく、ただ現実を突き付けてしまったこと。


 俺は頭を掻いて、それに背を向けた。


「またアランさんの時みたいに駄々を捏ねられると、面倒臭くて」


「でも、駄目だと思います。アランさんの時のことは、私、分かりませんけど、でも……」


「そうですよね。うん……ちゃんと、謝ります」


 沈黙が降りる。


「ルシンダさん、『学者肌』ということは、きっと調べたり考えたりすることが好きなんですね。それが活かせるお仕事に就いてもらうのは……出来ませんか?」


「『学生』とか、そういうのに?」


「はい」


 『学生』、それはクローイが就く『木工師』やアランの『農民』と同じ下級役職に位置する。その役職は「研究」が出来るそうなのだが、現状、その産物である新たなレシピを解放する必要はない。


 確かに「研究」を行うことで解放される「植林」は魅力的だが、それよりも今は食糧基盤を整えたい。


「今はちょっと難しい……ですかね」


「そうですか……」


 その声は明らかに落胆していた。


「気になりますか」


「……私だけ、希望通りの仕事に就けているので」


 後ろめたい、ということなのだろう。全ては俺の采配だ。彼女が気にすることはない。しかし住民同士ではそう上手くはいかない。


 俺に当たることの出来ない人間は、同じ「ゲーム内の人間」にヘイトを向ける。


 人が増えれば、その分俺の目も行き渡りにくくなる。誰かの影に隠れた人が余計な苦労感じないよう、不満を抱かないようにするのも俺の仕事である。尤も、住民にそのような「感情パラメーター」が設定されていれば、の話だが。


 三つ目となるベッドの骨組みが完成した。骨組みを指定の位置に移し、《ワラ》を乗せる。


 触れてみると、ワラがあるお蔭で幾分か柔らかいが、すぐに骨組みを感じることになる。お世辞にもそれは寝心地がよいとは言えず、それどころか虚しさすら覚える出来だ。


「《ワラ敷きベッド》よりいいベッドって、どんなのがありますか?」


「はいっ、えっと、毛皮……です。その次は布」


「毛皮……ってことは、『罠師』が必要?」


「う……どうなんでしょう。すみません、私、そこまでは……」


 動物を相手取る最も基本的な職は『罠師』である。罠を仕掛け、動物を狩ることを生業とする。それが村にいれば、食糧に困ることも少なくなるだろう。


 その時、ガラス代わりに嵌め込んだ柵の向こうに男の顔が見えた。アラン、畑仕事を担う男が、こちらを覗いている。


「村長、ちょっといいか?」


「今出ます。――クローイさん、後はお願いします」


 俺は《ワラ》を材料箱に戻し、小屋から出る。日は既に落ちかけていた。もうすぐ夜が来る。新しい入植者と約束を取り付けた、あの夜が。


「どうしましたか、アランさ――」


 突然その男は、ぐいと肩を組んでくる。顔に浮かべるのは、ニヤニヤとした粘っこい笑み――またこの顔か。俺はげんなりとした。


「クローイと何を話してたんだよ」


「ええ? 別に……そんな特別なことは」


「ほほーん?」


 『世話焼き』は面倒だ。それを改めて実感した俺は、早々に話題を戻すべく頭を振った。


「で、何ですか? 用って」


「おう、そうだった」


 ようやく腕を解いたアランは、スと指を持ち上げる。土を弄るようになって、その手は無骨さが増したように見えた。


「畑を増やしたいと思うんだけど、どうだ?」


「畑ですか。今のままでも足りるのでは?」


「まあ、そうなんだけどさ……。《ニンジン》ってだいたい三日で収穫出来るだろ? 今なら――まあオレが《ニンジン》食わねぇからいいけど、今後人が増えたら、収穫する前に食べ尽くすような気がするんだよ。あとオレ用のキノコとかベリーがなくなるのを阻止したい」


「とりあえず好き嫌いを直しません?」


「嫌だ」


「ですよねー」


 アランの言う通り、《ニンジン》はおよそ三日で収穫できるようになる。そして一回の収穫で取れる量は四十個前後。


 現在の住民四人を維持するならば、仮に毎日三食、一日に《ニンジン》を三本消費するペースを維持したとしても、次の収穫までギリギリ食糧が持つ。しかし一人増えた時点で、その均衡は揺らいでしまう。


 そう考えると、今のうちに畑を広げておくのが懸命であるように思える。


「そうですね。増やしましょうか。《ニンジン》と……あともう一種類、作物を増やしてみたいんですけど、どんなのを植えられますか?」


「いろいろ作れるけど、種がないから難しそうだ」


「それは困りましたね。ていうか、種ってどこで手に入れるんだ?」


 疑問を口にしたその時、視界の端から何かが駆けて来る姿が見えた。


 ナビ子――短時間とはいえ行方を眩ませていた彼女が、嬉々とした表情で迫る。たゆんたゆんと胸の実を揺らしながら。


「ナビ子の出番ですね~!」

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