14話 また髪の話してる
キャラバン隊はミノムシ状の塊を成して遠ざかって行く。
総勢三十一人。それが一時的とはいえ、この村とも呼べない地域に滞在していたのだ。その喪失感は大きい。いつか俺も、入植者数三十人を超える村を作ることが出来るだろうか。あの賑わいを、常に傍に感じていられるだろうか。
「いい人達でしたね」
傍らのナビ子が、そう口にする。俺は頷いた。
「また会えるといいですね。……ところで、最後に言っていた初心者狩り。あの情報って本当なんですか?」
初心者狩りが活発化している――マルケン巡査部長はそう言い残した。
初心者狩りとは文字通り、ゲームの経験者が初心者を倒すことを目的として勝負を仕掛けること、もしくは蹂躙することを示す。
この手の趣味を持つ人は、大半が対戦ゲームに出没するという話しであるが、この世界――開拓シミュレーション『Gate of World』にも存在しているらしい。
もはやシミュレーションゲームというより、アクションゲームなのでは。
「はい、事実です。敵対国ならばまだしも、同国区域内における抗争も発生しているそうで、このゲームのテーマすら覆され兼ねない状態です」
「テーマ?」
「……さては村長さん、オープニングを見ていませんでしたね?」
「いやぁ、早く遊びたくて」
そもそも世界観を説明するオープニングムービーにスキップ機能を付けるのが悪い。そう小言を洩らそうとしたが、それをナビ子に伝えたところで、何の効果も示さないことは明白だ。
「まず村長さんは自国――今回はレオタロン公国ですね。そこから命令を受けて開拓をしている、という設定です」
「ナビ子さんはそこから派遣された秘書、だっけ」
「はい。そして開拓の目標は、いずれ来たる『勇者』の旅を助ける街を作ること。この世界には『魔王』とその配下による脅威が迫ろうとしています。それを退ける使者が『勇者』なのです。開拓完了を計る条件が、先日お話しした三つの指針になります」
「資産量と施設、《反旗の象徴》とやらを建てる……だっけ」
開拓初日に耳にした情報を掘り返すと、ナビ子はにこりと、満足そうに破顔した。
「幸いにも、これまでは平和そのものでしたが、この世界にはモンスターも存在しています。人間と対立する魔王の配下……それが時折、入植地や人を襲うのです。それに備える為にも、人材に余裕が出て来たら戦闘職を採用した方がよいかもしれませんね」
「初心者狩り対策にもなりますしね。……まあ、それ以上の戦力で来られたらお手上げだけど」
このゲームは発売から二年が経過している。始めたばかりの俺達では、どう足掻いても敵わない戦力を誇る植民地も多数存在するだろう。襲われないのが一番だが、万が一そうなってしまったらと思うとぞっとする。
「対策、始めないとですね」
「誰か『戦士』に転職させますか?」
「いや――」
ナビ子と相談していると、住民が戻って来た。彼等には木の伐採と採取をお願いしたのだ。予期せぬ事態に遭遇し、作業の開始は遅れてしまったが、作業自体は滞りなく完了しtらしい。
今回入手した《木材》は七十一個。ベッドを作るには十分すぎる数だ。今夜は住民をベッドで眠らせることが出来るだろう。しかし連日の伐採によって浮上した新たな問題を、俺達は直視せざるを得なかった。
「だんだん禿げてきたなぁ」
当初は狭範囲にびっしりと生えていた樹木が、今では
食糧の面でも心配事がある。木陰を好む《キノコ群》――キノコの採取場所が、次々に消滅しているのだ。定期的な農作物の収穫が望めるとはいえ充分とは言い難い現状、採取ポイントが一つでも消えると生存の危機に直結する。
そういえばナビ子は、植林が出来ると言っていたっけ。詳細を尋ねるべく彼女の方を向くと、ぴょこんと髪が跳ねた。
「村長さん、ノルマ達成です! 新たな入植者を迎えられますよ!」
「あ、そうか。まだクリアしてなかったんだっけ」
ナビ子がバインダーを手渡してくる。三人目となる入植者、それは女性のようだった。性別は何であれ、入植志願は有り難いものだ。とにかく今は人手が欲しい。作業の効率化、職業の充実を図る為にも、とにかく人が必要だ。
だがその人の情報を見るうちに俺の高揚は収まる。それどころか地に落ちかけていた。
名前・ルシンダ
性別・女
希望役職・ニート
特性・学者肌
■ ■
「ニートには! なれませんから!」
入植して早々希望を打ち砕かれるなど、なかなかない経験であろう。女性、ルシンダはしばらく呆然としていたが、ゆるゆると辺りを見渡し状況を飲み込むと、膝から崩れ落ちた。
「有り得ない……有り得ないわ、こんな仕打ち……!」
「餓死しますか?」
「何よ! 好みじゃないからって冷たく当たらないでくれる!?」
そんなつもりはなかったのだが。俺は素直に謝った。するとルシンダは、長い足と高いヒールで器用に立ち上がって、ナビ子と比べると慎ましい胸に手を当てた。
「無職、至上!」
「同意!」
どこからかアランが飛んで来る。そういえば彼も『ニート』を希望していたか。妙な同盟を組まれる前に、俺はさっさと任命することにした。
「ルシンダさん。『罠師』と『薬草師』、どっちがいいですか?」
『罠師』は食糧の生産、『薬草師』は怪我の治療や一部農作物を育てることが出来る。どちらも村づくりにおいて欠かせない役職だ。
「どちらも嫌!」
「どっちがいいですか?」
「冷たい。冷たすぎるわ、この村長! チェンジで!」
パチン、とルシンダは指を鳴らす。当然それに応える声はなく、彼女は再び地に膝を付いた。
「ああ、なんてこと。パパが政争に負けたばかりに……こんな、こんなド僻地に……」
「大変でしたね。でも、うちもかなり厳しい状態なんです。どうか、協力して頂けませんか」
ルシンダが俺を見上げる。美しく縁取られた目元には、薄らと涙が滲んでいた。彼女が志願書を送って来た経緯と苦労は定かではないが、村の仲間となる以上、働いてもらわなければと困る。
俺は心を鬼にして、改めて尋ねた。
「『罠師』と『薬草師』です。どちらの職に就くか、今日の夜に答えを訊くので、それまでに考えておいてください」
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