10話 内装はないそうです
結局建築はその日中に終わらず、翌日へ持ち越しとなった。作業初日に完了した床張りと壁二面の設置、その続きから三日目の作業は始まる。
クローイは《木材》の加工に没頭していた。宣言通りに壁と屋根の計二ヶ所の設置を同時進行する為だ。夜も殆ど寝ていないだろう。
感心、とは素直に思えない。
設計図を見つつ、不備はないかと何度目かも分からない確認をしていると、ふと俺の視界を掠めるものがあった。
昨日集めた食糧に虫が張り付いていたのである。いや、入植初日に集めた物も含まれているから、それが虫を集めているのかもしれない。
どれにせよ、いずれ村人の口に入る物に虫が付いては不快である。追い払おうと手を動かすが、やはり感覚はない。虫も食糧も全てが指先を通り抜け、こんな些細なことにまで、人を呼ばなくてはならないようだ。
「あの、クローイさん?」
「ひぇぅっ、は、はい、村長さん」
大げさに肩を震わせて、クローイはこちらを振り返る。いつから俺が近くにいたのかも分からない、そう言わんばかりの反応だ。
「食糧に虫が
「作らなくても、あの……前、試しに作ったのがありますので、これ」
クローイは、《木の作業台》に置いていた箱――彼女のオリジナル作品であるという、不格好な箱を差し出す。俺はそれを受け取ろうとして、止めた。
「触れない、かな」
俺はこの世界の物には触れない。プレイヤーだから、そういう仕様なのだと、ナビ子は剣呑として諭していた。加えてそれは、一昨晩に経験済みである。
《木材》を、そこにある筈の素材を、手繰り寄せることができなかった。だからクローイ手製の箱であっても例外ではないだろうと、そう思っていたのだが――。
「大丈夫です」
クローイは俺の手を掴み、箱に当てる。木の感触。硬いながらもどこか温かい、自然由来の材質。それが皮膚を通して伝わる。
触れた。どうして。俺は住民への指示と会話しかできないのでは。
困惑していると、クローイは葉に乗せた限りの、極めて不衛生な食糧を箱の中に流し入れた。
「……村長さんにも出来ること、たくさんありますから。だから、その……あ、あまり、しょんぼりしないでください」
クローイの言葉はたどたどしくありながら、切々としていた。俺の胸中を見抜いていたのだろうか。心優しい彼女は、俺を気遣うように温もりを乗せてくれる。接触したままの皮膚は、高揚にも似た熱を持っていた。
「……うん、ありがとう」
やっとのことで口にすると、クローイはさらに縮こまる。そして足早に、自分の作業へと戻って行った。
思い返してみれば昨日、俺は確かに作業台とクローイの作品に触れていた。完成したばかりの床に登っていた。
村長の権利は会話をするだけでも指示を出すだけでもない、必ず他に出来ることがある。制限が掛けられていても、その抜け道あるいは容認された「権利」が確実に存在する。
それを探るのも、初見プレイの面白味かもしれない。一縷の望みを胸に見上げた屋根では、アランとナビ子がニヤニヤと笑みを浮かべていた。
■ ■
「終わったー!」
屋根の上で、アランが声を張り上げる。その横ではナビ子が飛び跳ねていた。日が落ち、辺りが暗く成り掛けた頃のことである。
完成した小屋は、あまりにも質素だった。台形の屋根。木目の壁に平坦な扉。まだ作成することの出来ないガラスに代わって、窓には《木の柵》を嵌め込んでいる。
この世界における建築の経験を積んだ者なら、鼻で笑い兼ねない出来ではあったが、俺も住民も大満足だった。村において初となる建築物を自分達の手で作り上げた、その達成感は計り知れない。
「はー、これでやっと休める!」
アランが屋根から飛び降りて《レッドベリー》を摘まむ。それに続いてずり落ちるように降りて来たナビ子は、
「働くと疲れますね。肩が痛いです~」
と肩を回していた。その間クローイの視線が、もの言いたげにナビ子の胸部へと注がれていたが、俺は触れないでおくことにした。女子同士の無言の会話に首を突っ込める程、無鉄砲な人生は歩んでいない。
「さぁて。オレは一足先に休むかな」
「ご飯はいいんですか?」
「疲れすぎて食う気になんねぇ」
ひらひらと手を振って、アランは出来たてほやほやの扉に手を掛ける。その扉は、外見こそ頼りなさげではあるが、内側からは
本来、《木のノーマルドア》に閂はない。木の板にノブが付いただけの、固定すらままならない扉だ。それでは心許ないからと、俺は閂の取り付けを提案した。
こうしたカスタマイズが出来るのも、「自由度が高いゲーム」と評価されている所以であろう。
「それじゃあ私達は、ご飯を頂いてから休みましょうか」
破顔のナビ子が提案し、クローイは頷く。
《キノコ群》から採取した曰く付きの《青色キノコ》は昨晩謎の人気を得ていた為、既にない。食糧として残っているのは、十個余りの《レッドベリー》に、二個の《茶色キノコ》。一日採取に出掛けなかっただけで、これだけ食糧が減ってしまった。
早めに農業の体制を整えるか、は狩猟に手を出すか選択しなければならない。次の入植者には職人や戦闘職ではなく、猟を行う『罠師』を任せてみようか。
思考を巡らせていると、不意に肩を叩かれた。そこには、今にも死にそうな表情のアランが立っている。『ニート』ではなく『農民』の役職を与えると宣言した時のような、絶望の顔をしていた。
「どうしました?」
「ベッド、ねぇんだけど」
「あー……」
家自体は完成したが、中に設置する予定の《ワラ敷きベッド》がまだ完成していないのだ。深刻な《木材》不足と、《ワラ》がまだ手に入っていない。
「内装は、ないそうです」
アランは慟哭して、俺の肩を揺さぶった。
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