9話 着工、初建築

 設計図が完成した頃、アランとクローイが戻って来た。


 採取した《木材》を運ぶべく数度森から出て来た彼等だが、今回は指定された木々を伐採し終わった為に帰還したらしい。束の間の休息を取る村人に、俺は今し方描き終えた設計図を見せた。


「こんなの作れるのか?」


「いっぱい木を加工しないとですね……大変そう」


 渋い顔を作るアランの一方、クローイは神妙とした様子だった。


 クローイが《木材》の加工に専念するとなると、建築作業はアラン一人で行うことになる。彼等には一層苦労を掛けることになるだろう。予想をしていたよりも長期戦になりそうだ。俺が断行を渋っていると、


「今回は特別に私もお手伝いします」


 と、ナビ子が俺に耳打ちをする。


「本当は駄目なんですけどね」


「えっ、大丈夫なんですか?」


 ナビ子はにこりと笑むばかりで、それ以上語ろうとはしない。何も問題はない、その笑顔であればよいのだが。


「それではクローイ様。早速、《木材》の加工をお願いします! 床を最優先で!」


「わっ、分かりました。床を……えっと、《床板》を三十五個ですね。し、失敗したらごめんなさい。すぐ作ります」


 伐採してきた《木材》を掻き集め、クローイは作業を開始する。ノコギリやヤスリ、ミノなどを器用に使い、彼女はカタログ通りの《床板》を作り上げていく。


 浅い溝が掘られたフローリング調の建材。それ一つ一つ手作りゆえに、完成までは時間が掛かった。完成する度に、ナビ子がそれを運び、遅れてアランも仕事に取り掛かる。


 ブロックを重ね、形を作り上げる「ビルド」的な要素も、このゲームには取り入れられているらしい。次々と積み上がっていく建材ブロックを眺めながら、俺は感嘆した。


「楽しいなぁ、これ」


 《床板》が草原の上に敷き詰められ、改めて家の面積が判明した。想像上では細長く仕上がる筈だったが、実際に形になると案外バランスのよい形である。初心者ながら、悪くない間取りだ――と思ったところで、俺ははたと気付く。


「壁……待てよ、壁ってどこに置くんですか?」


「あん? 決まってんだろ、ここだよ」


 アランが示したのは、床の上だった。つまり、実際に床として使える面積は、予定よりも一回り小さくなる。


 壁を乗せる分を考慮していなかった。がしがしと頭を掻いた後、俺は願う思いで指示を出した。


「もう一周! もう一周、設計図に加えてブロックを置いてください!」


「も、もっと《床板》、必要ですか?」


 クローイが作業の手を止め、こちらを見上げる。


 彼女の手元には加工中のブロックの他、不要になったものと思しき木片があった。保存する気かと思ったが、よくよく見ると、そこには幾本もの棒が書き留められている。縦棒を四本、それを一本の横棒で纏めている。建材数をカウントしているようだ。


 現在制作し終えた《床板》は三十二個。作業完了まで王手を掛けたばかりだった。


「すみません、クローイさん。あと、えっと……」


「二十八個追加ですか?」


「た、多分」


 計算を終えていない俺を余所に、クローイは作業へと戻る。


 木材加工は未経験だ。そう委縮していた彼女は何処へ行ったのか、その横顔は職人そのものだった。


 『完璧主義』という特性を持つだけあって、彼女の仕事は丁寧だ。寸法に狂いは見られず、目立ったささくれもない。溝もほぼ均等で、アランやナビ子が組み立て易いよう細心の注意を払っている。


 その手元を眺めている内に、木片に刻まれた個数は六十三を達成した。やっとだ。区切りをつけたクローイは大きく身体を伸ばして肩を回す。長らく背を丸めていた彼女からは、骨身の軋む音が聞こえてきそうだ。


 クローイが一足先に休息を取る間に、組み立て要員の二人が建材を回収して敷き詰める。


 ポコポコポコ。どれだけ気の抜ける設置音を聞いていただろうか。うつらうつらとし始めた俺の耳に歓喜の声が届く。


「おお……できた。できたぞー!」


 アランが歓喜の声を上げ、床へ飛び乗る。


 七メートル×五メートル改め、九メートル×七メートル。初期案よりも一回り大きくなった床が、草地の上には広がっていた。


 虫の蔓延る草原に寝そべることを憂いていたアランだ。これだけ喜ぶのも頷ける。だが彼等には、まだ仕事が残っているのだ。壁と屋根の設置。床以上に苦労するであろう作業が、この先に待ち受けていた。


 壁材として採用するのは《木の壁・横》――《床板》とは異なり、横向きに複数の線が入ったものだ。壁一面に並べば、ログハウス調の温もりを湛えた雰囲気となるだろう。加えて床材と模様が異なる為、景観のマンネリ化も防ぐことができる。


 クローイの進言もあって採用したが、よい選択をしてくれたものだ。感心していると、件の少女が再びノコギリを握り締めたのが見えた。


「クローイさん、もっと休憩していいんですよ?」


「いえ、大丈夫です。多分、屋根と壁、別々に作業できた方が効率いいので……」


 同時進行が可能となるよう加工を間に合わせる。それは無謀な話であった。


 設置が二人掛かりとは言え、建材の作成には設置以上の時間を要していたのである。そのような状態だというのに、倍以上の速度で作成を続けるのは無理があるように思えた。


「今日中に全部完成しなくても大丈夫ですから。無理だけはしないでくださいね?」


「お気遣い、ありがとうございます」


 屋根は完成しなくても、せめて壁の設置は終えよう。その意思はクローイにも伝わっている筈である。俺はヒヤヒヤしながら、彼女の様子を見守っていた。

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