3話 仕様ならば仕方ない
「畑を作る時は、まず畑を作りたい場所を指定します」
「指定?」
「はい!」
ナビ子が取り出したのは木の棒だった。二股に分かれた木の枝に、たった一枚の葉が付いている。どこにでもありそうな、平凡とした枝だ。それを俺の胸に押し付けて、彼女は太陽な笑みを見せる。
「これで線を引いて、分かり易いようにマークを付けてください」
「こう?」
がりがりと草原を削っていく。緑豊かな大地には茶色の線がよく映えた。
「そうです、そうです! そのままグイーっと範囲を広げちゃいましょう!」
言われるがまま、俺は木の棒を走らせる。一歩踏み出す度にアランの顔は険しくなり、今にも怨念が飛んで来そうだ。
「あの、アランさん? あんまり睨まないで?」
「うるせぇ、このド鬼畜が。いじめっ子め!」
「人が増えてきたら、アランさんの要望通り『ニート』にしますから。今は我慢してください」
「やーだー!」
「可愛い子ぶっても駄目ですよ」
そうこうしている内に、線が引き終わった。曲げていた上半身を伸ばし、改めてその全貌を見下ろす。畑として確保した範囲は四畳程だ。
もう少し広く書いたつもりだったのだが。地面を枝で叩いた後、俺は再び土地を拡張しようとした。
「あああっ、身体が! 身体が勝手にィッ!」
手に《木のクワ》を携えたアランが、操り人形のように畑へと引き摺られていく。抵抗を続けるアランだったが、身体が耕作の体勢に入るとようやく諦めたらしい。死んだ魚のような顔で、アランは開墾を進めた。
「おおっ、耕した、耕した!」
「これで畑が完成するのを待てば、作物を育てることが出来ます」
「育てるなら、種が必要? 《スターターパック》に入っている《小麦の種》でいいかな」
「こむぎ」と書かれた小袋を手に取って、俺は畑に踏み入ろうとする。するとナビ子が、俺の腕を掴んで引き留めた。
「村長さん、何を?」
「植えるんでしょう? この種」
「アランさんに渡せば、自動でやってくれますよ」
自動じゃないけどな、と声が飛んで来る。彼にとってはそうであろう。俺は苦笑の後、改めて《小麦の種》を持ち直す。
「いや、このくらいは俺が……」
「出来ません、村長さん」
「なんで」
「そういう仕様だからです」
「メタいですね」
「だってそうなんですもん」
プク、と頬を膨らませるナビ子。仕様ならば仕方ない。俺は諦めて、小袋をアランに渡した。
抵抗されるかと思いきや、彼は素直だった。無言のまま袋を受け取り、腰帯に挟み込んで耕作を進めている。
なんだ、やれば出来るじゃないか。俺は少しだけ嬉しくなった。
「アラン様に任せておけば、畑作りは完了します。それまで待ちましょう」
「分かった。……ニンジン畑も作っておきますか」
小麦畑と同じように木の棒を以って範囲指定し、《ニンジンの種》を渡す。この時のアランの顔は、一生忘れないだろう。イケメンの存亡が危ぶまれるどころか、人間の顔かすらの判別に困る歪み様だったのだ。写真に収めておけばよかった。
「そういえば、このゲームに目的はあるの?」
「はい。目的は街の発展ですが、その指針は大きく分けて三つあります」
ナビ子が拳を差し出す。そこから人差し指が顔を出し、
「一つ目に、一定数の資産量を確保すること」
中指が立つ。
「二つ目に、様々な施設の建築」
最後に、薬指が現れる。
「三つ目に、《反旗の象徴》の設置です」
「反旗? 何ですか、それ」
「それは追々説明します。ほら、アランさんの作業が終わったみたいですよ!」
ぴょこんと一つ跳ねてナビ子は、先程指定した範囲を示す。そこには確かに畑があった。草の絨毯を取り除かれ、真新しい茶色を見せる小さな畑二つが。既に種も植えてあるのだろう、器用に盛られた畝には幾つかの丘が確認できる。
「おおっ、上手じゃないですか、アランさん」
「へっ、オレが本気を出せばこのくらい余裕さ」
心なしか得意げなアラン。不労を宣言しつつも、仕事を与えればしっかり
初めての住民、入植者。それが役職『ニート』を希望すると口にした時は、どうなることかと焦ったが、それも杞憂であった。俺は微笑むナビ子に視線を送って、次なる指示の打診に移る。
「『農民』になっても、資材の確保は出来る? 畑に付きっ切りじゃないと駄目とか、そういうのありますか?」
「作物は定期的に世話をすれば育ちます。常にそこにいなければならない、という訳ではないので、労働力は進んで利用しましょう。――ではこちらも、畑と同じように指定をして、資材確保に向かわせてください」
例の木の枝を携え、俺は近くの森林地帯へ向かう。
想像以上に、森の規模は小さかった。奥へ踏み入ろうものなら、すぐに向こうの草原が見える程だ。村の基盤を整えるだけの資材を確保できるか否か、少々怪しくなってきた。
「ええと、こうでいいのかな。とりあえず、この辺の三本を」
こつ、こつと枝で叩くと、薄白線の枠が現れる。するとアランが覚束ない足取りでやって来て、伐採を始めた。その手が握るのはオノ――いつの間にかクワから持ち替えたようだ。
たった一人で作業をする男の背中。それは哀愁に満ちていた。なぜこのような場所に来てしまったのか、後悔がひしひしと感じ取れる。
それを眺めるしか出来ない自分が、どうしても歯痒かった。入植者を増やせば彼の負担も軽減されるだろうが、それを達成する為には働いてもらわなければならない。
「あのー、やっぱり手伝いたいんですけど」
「駄目です。そういう仕様ですから」
「ええ……」
きっぱりと言い切るナビ子に、俺は食い下がることが出来なかった。
仕様ならば仕方ない。それはゲームにおいて最強のカードだ。
「ごめんなぁ、アランさん」
「労働力が必要でしたら、入植者を募りましょう。その為に村長さんには、ある条件を達成して頂きます」
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