(3)

 彼らの記述はそこから二年後に飛ぶ。この年に一体何があったのか。

 プセルロスにとっても、帝国にとっても、大きな事件があった。



“778年 6月アンドロニコス帝 病によって崩御する。同年同月 処女おとめペラギアが女帝として即位”


 ヴァシリ帝国史にはこの一文が記されている。

 処女という記述が分かりづらい。原文では“Παρθένος”という単語が使われている。これは性行為の経験がない女に対して使われる単語である。

 だがこの文脈においては実際の経験の有無に言及したものではなく、他家に嫁いでいないことを強調した言葉であろう。

 現にペラギアの異母姉は他家に嫁いで等しく、子どもを儲けているので皇帝の候補から除外されている。

 


 アンドロニコスの死因ははっきりと記されていない。苦しみぬいた異母兄テオシウスと違って、発病から一晩であっさり亡くなっている。

 どうやら死に際の様子から季節外れのウイルス性感染症、今でいうインフルエンザであったようだ。生活を共にしていた側室のマルティナも一緒に発症した。だが、幸か不幸か彼女は回復している。

 彼らの一人息子であった皇子ファビウスは父と同じく帰らぬ人になり、マルティナは一晩で夫と息子を失った。

 二人のうちどちらか一人でも無事であったなら、その後の彼女の運命も大きく変わったであろう。マルティナはその後哀れにも身ぐるみを剥がされるように修道院に入れられている。



 新皇帝ペラギアが誕生した。

 年若い彼女が皇帝に選ばれた理由は幾つかあるが、その一つは有力な大貴族との繋がりがなかったことだった。彼女のそばにいたのは幼い頃から付き従っているプセルロスという没落貴族の若造だけだった。周囲にとっては、扱いやすそうなことこの上ないように見えた。

 こうして都合の良い存在として選ばれたペラギアはプセルロスと共に、以後時代の主役として歴史の表舞台に本格的に顔を出す。

 果たして彼らは周囲の期待通りに都合の良い存在になったのだろうか。

 答えは否である。

 元々プセルロスは難関である大学を短期間、しかも首席で卒業している秀才である。何を求められ、何を回答すれば最善であるかを把握する能力に長けている。

 没落貴族の若造は然るべきところに出せば、然るべき能力を発揮した。

 プセルロスはペラギアが即位して数年で、ヴァシリ帝国の宰相に収まっていた。







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