ほぉむめいど

moes

ほぉむめいど

「お兄ー」

 声をかけて部屋のドアを開ける。

「何?」

 床に寝転がり雑誌を眺めていたお兄は、視線を上げないままだ。

「ホワイトデーのネタの考え中?」

 開いている雑誌はなにやらステキに美味しそうなものが載っている。予想通り。

「なに、そのナイスタイミング、とでも言いたげな」

 さすがはお兄。妹の考えなどお見通しだね?

「今年は何つくるのー? 義理チョコのお返し」

 料理、それも特にお菓子作りが趣味、と公言してはばからない兄上は毎年義理チョコに、手作りお菓子で返している。

 それが美味だと噂を呼んで、どういう知り合いか本人も良く判らない人からもチョコをいただいてくるぐらいだ。

 いかにも義理、の安価なチョコしかないところが哀れな気がしなくもないけれど。

「義理、を強調するな。関係ないだろ。今年も妹様は義理の欠片もくれなかったし?」

 ヤな言い方。

 抗議するようにわざと乱暴にベッドに座る。

「だって、お兄、いつも分けてくれるくらい貰ってくるし。なら、いいかー、って思うのも仕方ないと思わない?」

「もらえたら、うれしいよ?」

 雑誌からやっと目を離し、こちらを向いて笑う。

 妹に愛想振りまいてもムダだと思う。

 さっきから、本題に入れないんだけど。

「来年からは善処するよ。で、ね。ホワイトデー、今年も手作りするんでしょう?」

「作るよー。心配しなくてもすばるにもちゃんと残しておいてやるから」

「そうじゃなくて、さ。いや、それももちろんうれしいんだけどさ。……便乗させてくれないかな?」

「はぁ?」

 聞き間違えかといわんばかりに怪訝な顔。

「だから、手作り一緒にやらせてって言ってるの」

「……正気?」

 本気? ならまだしも正気? とかって言うか、普通。

「真面目に」

「色気より、食い気なすばるが成長したね。それより知ってるか? ホワイトデーは普通、バレンタインのお返しだぞ。オトコが返す方」

 知ってるし。そんなの。あたりまえでしょ。バカにし過ぎ。

「友チョコのおかえしなの」

「ふぅん。でも、友チョコって普通、バレンタイン当日にお互いチョコを交換するものじゃないのか? それとも、ホワイトデーも交換し合うのか?」

 不思議そうに尋ねられる。

「こっちにも、事情があるんだよ。イロイロね。で、いい?」

「別に良いけどさ。助手がいたほうが楽……楽させてくれるんだよな?」

 こうもまざまざと不安を前面に出されると腹立たしいという気もなくなる。

「お兄の妹だもの、想像してくださいな」

 だてに血は繋がってない。たぶん、平気だろう。

「ジャマだけはしないでくださいね……」

 心のそこから期待していないな?



「お兄はさぁ、お返し目当ての義理ばっかりもらっててむなしくない?」

 材料をテーブルに広げているお兄を手伝いながら尋ねる。

「んー? 別に、うれしいよ?」

「うれしいの?」

 意外。

「作ったもの、美味いって言ってもらえるのうれしいし。それに作ったものがいくら美味しくても、おれのこと嫌いだったらくれないだろー。どんな意味であれ、好かれてりゃうれしい」

 まぁ、確かにそうかもしれないけれど。

「ちなみにね、一応本命ももらってるから、おにーちゃんは」

「物好きな人だね」

 憎まれ口をたたいてもお兄は気にした風もなく、それどころか余裕に満ちた顔。

「世の中にはいろんな人がいるんですよー。だからすばるにチョコくれるような男の子もいるんだろ? ツボついてるよなぁ。すばる、チョコに目ぇないし」

 友チョコの相手が男なんて教えてないぞ、一言も。それらしいこと、言った覚えもない。

「図星?」

 確信したように尋ねる笑顔が腹立たしい。

 正解。なんていってやるのは悔しくてそっぽをむく。

「単なる友チョコ」

「すばるがそのつもりでもねぇ。バット出してこれ敷いて」

 渡されたのは大量の白い粉。

 何作る気だろう。

 とりあえず話がそれたことにほっとして、言われたとおりバットに粉を入れる。ぼふ。と白い煙が散る。

「すばるー。も、ちょっと丁寧にしろよ。汚すと片づけが面倒なんだよ」

 テーブルの上にうっすらと白く積もっている。

「ごめん……で、こんな感じでいいの?」

「平らにしてな。したら、卵で適当に穴あけてって」

 言いながらお兄は手早く材料を計量して下準備を整えていく。さすが。

「で、すばるはチョコもらってうれしかった?」

 ぅわ。話を戻すのか。

「うれしかったよ。食べたかったヤツだったし」

 自分用に買うのはさすがにどうかと思って手を出せなかった某有名店の限定チョコ。

 それを女の子ばっかりの売り場で、男が単身乗り込んで買ってきてくれたのもすごいと思うし。

 でも、恋愛感情が芽生えるかって言うと、ねぇ。それまで単なるクラスメイトだったし。

 ぽこぽこと手渡された卵で粉にくぼみを作っていきながら呟く。

「わかってて言ってるだろ。そー言う意味じゃなくて、さ。本命でうれしかったかってこと」

 何でそんなに楽しそうなんだ、お兄。

「物好きだと思った」

 だいたい男が、あえてバレンタインにチョコもって告白なんてチャレンジャーすぎると思う。

「自分で言うな、自分で。コレ泡立てて。ゆるめに……その物好きにお返しするのは何で? 一応、友チョコとはいえ相手にもあげてるんだろ? ホワイトデーにあげる必要はなくないか?」

 なんて答えて欲しいんだ、お兄。期待には添えないと思うけど?

 ボウルに入っているのは卵白? 泡だて器のスイッチを入れる。

「向こうがくれたチョコの方が高価だったからだヨ」

 泡だて器の雑音にかき消されない程度の声で答える。

「ふぅん?」

 感じ悪い。その反応。嘘は言ってないし。

 納得はしていない風だけれど、その後は作業に集中しだしたお兄はそれ以上は何も言わないでいてくれた。



「高柳」

 帰り際、クラスメイトを捕まえる。

「伊奈? どした、変な顔して。食いすぎ?」

 一体どういう目で見てるんだ。

 先月、告白してきたとは思えない態度だぞ?

 ありがたいんだけどさ。普通に友達のままでいてくれるのは。

「ちょっと、良い?」

 返事を待たずに先に教室を出る。

 後をついてくる気配。

 階段に足をかけたところで追いつかれる。

 無言のまま。登りきって、行き止まり。

 鍵のあかない屋上への扉にもたれて息をつく。

 どうやって切り出そう……別に、単にお礼返しだから緊張することもないんだけども。

「何、伊奈。最終通告?」

 高柳はどことなく自嘲的な笑みを浮かべて続ける。

「わざわざ、こんなトコまで来て言ってくれなくても。望み、それほどないって思ってたし。気にせず、そのままなし崩しでトモダチのままで良かったんだけど?」

「そ、うじゃなくてっ……いや、そうなんだけど」

 顔を上げると複雑な表情の高柳。冷ややかな声。

「どっちだよ」

「これ」

 かばんからラッピングした箱を取り出し、差し出す。

「……くれるの?」

「お礼。チョコ、うれしかったし。とりあえず。……ぇえと。現状維持希望だけどもっ」

 ずずいっ、押し付けるように両手を突き出す。

「多少、不満は残らないでもないけど」

 言葉とは裏腹にうれしそうな声。

 何となく閉じていた目をあける。

「さーんきゅ。……開けてもいい?」

 声以上にうれしそうな顔。

 力、抜ける。

「良いよ」

 丁寧にテープをはがす。几帳面だな。

 箱の中はピンクと白のマシュマロ。

 ちょっと大きめ。

「こんなでかいの初めて見た……手作り?」

 割と確信してる口調。

「一応。でも、かなり手伝ってもらってて」

 高柳は笑みを浮かべる。

「ん。伊奈が一人でやったとは思ってないって。料理得意そうに見えないし」

 失礼だな。否定できないのがつらいところだけれど。

「どぉせねっ」

「だからさぁ、そんな伊奈が手作りしようって思ってくれるところがうれしいじゃん?」

 そんな満面の笑顔で言われたら、むくれて見せるのもばからしくなる。

「マシュマロって自分で作れるものだとは思わなかったなー。食ってもいい?」

 返事をする前に丸ごとを口の中に入れる。

 一口で食べるにはちょっと大きいと思うんだけど。

 もごもごと何だか苦戦して飲み込む。ばかだ。

「ごちそーさま。あんま、甘くなくてうまいよ」

 指についた粉をなめて。笑顔大盤振舞いすぎ。

 ま、喜んでもらえればうれしいけど。

「じゃ、ね」

 渡すものは渡せたし。

「言っておくけど、現状以上希望だから……だから、さ。とりあえず、遊びに行こう、今度」

 ふり返って、舌を出して見せると高柳は眉を寄せる。わかりやすいよ、高柳……。

 思わずもれる苦笑いと一緒に答える。

「いーよっ」

 渋い顔が瞬く間に無邪気な笑顔。

 つられて緩む表情を見られないように階段を駆け下りる。

 まーったく。そんな笑顔されたら。ねぇ?

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