(8)決着!


 王妃の言葉に、全員の視線が壁際に立つオーレリアンに集中する。


 向けられた視線の先にいるオーレリアンの表情は動かないが、僅かに顔色が悪い。


 けれど王妃は、幼い頃からかわいがっている部下に泣くような顔を見せた。


「お前は、私が出発する前に用事があるから、後で行くと言いましたね? まさか……」


 王妃の声は震えている。向けられた視線に、オーレリアンは僅かに唇を噛んだ。そして、瞼を閉じる。


「はい。――私が、独断でマリエル姫を殺そうとしていました」


「どうして! 私は、絶対に命は狙うなと申しつけたではありませんか!」


「ですが、マリエル姫が生きていては、リアーヌ姫の即位の妨げになります! それに、リアーヌ姫が女王につかれても王位継承第一位では何があるか――」


「いいえ、聞きたくない!」


 けれど、必死に言葉を紡ぐオーレリアンの口を閉じさせるように叫んだ。髪を振る王妃の瞳には涙が滲んでいる。


「ラルドがどれだけ我が子が死んでいくのを悲しんでいたか! 次々と子供が死んでいくたびに、自分も今一緒に死にたいと嘆き続けていたのを忘れたと申すのですか!」


「エレオノール様……」


 珍しくオーレリアンが王妃を名前で呼んだ。きっと、無意識に子供の頃の呼び方が出たのだろう。けれど、王妃は呆然としたオーレリアンの姿も目に入らないように、涙を流し続けている。


 静かな沈黙が部屋の中に舞い下りた。


 ただ、暖炉で木のはぜる音だけが響いている。


「そうじゃ。ラルドはとても悲しんでいた」


 けれど、沈痛な空気を払うように、ギルドリッシュ陛下がゆっくりと口を開いた。そして、王妃を見つめる。


「そして、苦しんでいた。後悔していた。死の床で」


「お義父様……?」


「やっと、もう一人の娘に何もしてやっていないことに気がついたのじゃ」


 王妃とマリエルが見つめる前で、ギルドリッシュ王の瞳は虚空を見つめた。その視線の先には、先に他界してしまった自分の息子の面影が映っているのだろう。


「わしがマリエルの話を持ち出したことで、打ち明けやすくなったのだろう。だから、助言したのじゃ。もしお前が、今までもう一人の娘に何もしてやらなったことを後悔しておるのなら、そしてもう何もしてやる時間もないのなら、自分の人生で最も華やかだったものを遺してやれと――」


 はっとマリエルが、ギルドリッシュ陛下を見つめた。


「それがきっと遺された娘の人生を支える。だから禍根を残さないように、王妃にも何を遺すかは話しておくようにと言ったのじゃが」


 けれど、ギルドリッシュ陛下が見つめる先で、はっきりと王妃の表情は変化した。唇を噛みしめ、瞳は涙で歪んでいる。けれど、大きな声で叫んだ。


「聞いていました! ええ、話されましたわ! あの人の人生で最も華やかだったのは、私達家族と共に過ごした時間と王としての自分であったと!」


 だけど、と言葉を繋ぐ。


「もうマリエルに、家族として一緒に暮らしてやるには時間がなさすぎる! だから何度も謝りながら死の床で、私にマリエルに王位をやってくれと遺言をされました!」


「王妃様……」


 マリエルも呆然としている。


「もし、リアーヌに譲れば、王子を殺した敵国の王太子妃。そしてロードリッシュを乗っ取る原因を作った王女として、国民の憎悪を一身に浴びることになるだろう。最悪、次の王位継承者が生まれるまでに命を絶たれるかもしれない。だから、リアーヌの命を守るためにも、マリエルの為にも、どうかマリエルに王位をと泣きながら手を握られた!」


 そんな経緯だったなんて……。初めて王妃から語られたラルド王の二人の娘を思う気持ちに私も言葉を失った。


「王妃……」


 ギルドリッシュ王も、息子に尽くしてくれた王妃の姿を見つめている。けれど、王妃の瞳からはとめどなく涙があふれ続ける。


「でも、私はどうしてもリアーヌに会いたかった! だって、私に残された子供はもうあの子しかいないんです! 敵国に戻ってしまった国でどんな思いをしているのか……。辛い思いをしていないか、悲しい思いをしていないか……。一人ぼっちで苦しんでいないか、いつも気になって……」


「エレオノール様……」


「ただ、会いたかったんです……。たった一人生きている私の子供に……。そして幸せに暮らさせてやりたかった……」


 言葉を詰まらせた王妃は、そのまま自分の両手に顔を埋めてしまう。細く震えている肩を、後ろから近づいてきたオーレリアンがそっと支えた。


 けれど、不意にマリエルが動くと、泣いている王妃に近づく。


「王妃様」


 え? 驚いて見つめると、マリエルは明らかに何かを決意した表情をしている。


 そして、王妃の前に立つと、凛と背中を伸ばした。


「私がキリングと講和を結びます。そして、リアーヌ様が友好国に戻った我が国を、いつでも訪ねることができるようにいたしましょう」


「そんなこと……キリングとは、ずっと敵同士で、更に昨年の戦いでこじれたのに……」


「できます。私には、従姉妹のアンジィが考えてくれた策があります。国中に塩害をばらまくと脅せば、キリングも諦めて講和のテーブルにつくでしょう」


 あれを使う気!?  と、いうか、あの時マリエルは部屋にいなかったはずなのに、誰から訊いたの!?


 ここまで考えて、頭の中にお茶を持って来ていたエマの笑顔が甦った。やられた! いつの間にか武勇伝として吹聴されていたらしい。


 けれど、王妃はじっと自分に視線を定めるマリエルの真剣な表情を見つめ続けている。


「それができるのなら……」


 泣きながら、静かに王妃の喉が震えた。


「私をまたあの子と会えるようにさえしてくれるのなら……。私は、あの子の命のためにも、お前を次の女王として認めましょう……」


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