(6)私の気持ちは……
目の前で、レオスの群青色のコートが二つに引き裂かれていく。
大きく背中を縦に裂いていく銀色の刃の軌跡に、私の眼差しは縫いとめられたように固まった。
――嘘だ……。
背中を裂かれていくレオスの姿に、息を飲む。
けれど、レオスの体は私が見ている前で、ぐらりと傾いていくではないか。
「嘘だ!」
さっきまで、これからもずっと私と一緒に生きていくと、勝手に宣言していたのに!
私の裸を自分以外の奴には見せないとまで呟いていたレオスが、私を残して一人で死ぬはずがない!
だから私は、持っていた剣を握りなおすと、更に二撃目をレオスに与えようとしている男に向かってがむしゃらにつっこんだ。
嘘だ、嘘だ嘘だうそだ!
手に持った剣の先からは、カンカンと鋭い音が連打で聞こえてくる。
けれど、目では相手の剣の動きを追いながらも、心ではほかのことが考えられない。
脳裏には、初めて出会ってからのレオスの姿が走馬灯のように駆け巡っていく。
そうだ! 最初に出会った時はなんて綺麗な男だろうと思った!
だけど、私に向ける顔は怒ってばかりで――。
でも、その不器用な表現さえもが、いつのまにかかわいくなっていたのに!
ドレスの裂け目から、足が晒される。けれどかまわずに、心から迸る怒りのまま男に打ち込んでいく。
私の鋭い剣戟に男が少し怯んだ。だが、これぐらいで許してやるつもりはない!
「よくもレオスを!」
あの不器用な感情表現がかわいかった! 怒りと同じく直情的な物言いしかできないから、素直すぎるほど率直に恋心を伝えてくる姿も!
全部がレオスらしくて、ずっと、ずっと側でみていたいと思えるほど好きだったのに!
――あれ? 私……。今、なんて……。
爆発する感情のまま脳裏に浮かんだ言葉に、思わず呆然とした。剣で戦っていた手が思わず止まる。
「がら空きですよ」
一瞬の隙を見逃さずに、横からオーレリアンが切りかかってくる。
――しまった!
急いで体勢を変えて、オーレリアンの剣を受け止める。だが、横に流す暇はなかった。がきんと頭の上で剣が組み合わさる。
急な体勢の変更で、受け止めるのだけで精一杯だ。
「どうしました? 一瞬、気を取られていたようですが?」
「くっ……!」
頭上から力で振り下ろされてくる剣に、跳ね除けることもできない。
だけど、オーレリアンの剣の相手をしていることで、私の背後はがら空きになってしまっていた。
「やりなさい」
今の内にと、さっきまで戦っていたもう一人の男が、剣を振り下ろしてくる。
――しまった!
この体勢からでは、受け止めることも逃げることもできない!
降りてくる銀色の刀身に、強く唇を噛む。その時だった。
ざんと相手の無警戒になっていた胴体に、鋭い剣筋が銀になって払われたのは。
「ぎゃあああ!」
「お前の相手は、俺だろう!」
目を瞬くと、さっき切られたはずのレオスがコートを脱いで、男の胴体の向こうからにっと笑っている。
「レオス!?」
生きていた!
いや、あいつに限って死ぬはずはないと思っていたけれど。不憫にも恵まれた奴だからと目頭が熱くなってくる。
そして、続く剣で私と組み合っているオーレリアンへと踏み込んでくる。
さすがに今の私と組み合った体勢で狙われては、オーレリアンも戦うことができない。だから急いで剣を私から離すと、後ろに一歩下がった。
改めてオーレリアンと対峙する形になった私の前に、レオスが一歩出ると、私を守るようにして立つ。
「すまなかった。打たれたショックで体勢を崩した」
「本当だ……。心配したんだぞ」
見上げた顔は、いつもと同じ自信家なレオスだ。見慣れてきたとはいえ、美しすぎる横顔に、涙が出そうになる。
「背中は大丈夫なのか? ひどく切られていたけれど……」
「避ける暇がなかったから、咄嗟にコートを脱いで布地で受け止めた。それでも、背中に届いた切先の勢いで、少し体のバランスを崩した」
「コート……」
言われてみれば、確かに切られていたのは、一番上に纏っていたコートだけだった!
つまり、相手が打ち込んでくるのに気がついて、咄嗟に脱ぎかけていたコートで受け止めたというのか!
さすが胸毛と脛毛以外、予想外の不憫さと合わせて色々持っている男!
咄嗟の判断力も並じゃなかった!
だが、不意に岩場の入り口から矢が飛んでくる。
忘れていた! 一人は倒したが、まだオーレリアン以外にも敵はいたんだ!
しかもこちらの動きを止めるように、矢を連射してくるではないか。
「ちっ!」
忌ま忌ましそうに、レオスが私に飛んでくる矢を剣で打ち落としていく。
「レオス!」
けれど、一瞬の隙をついて、斜め前からオーレリアンが剣を振り上げた。
「どうしても、邪魔なようですね。有望な人材なので残念ですが、死になさい!」
冗談じゃない! 私の目の前でレオスを殺させてなるものか!
だから、私は使い慣れた剣を持ち上げると、正面からオーレリアンの剣を受け止めた。
鋭い音とともに、振り下ろしたオーレリアンの剣身が私の刀身と噛み合っている。
「ふん。やはり邪魔をしますか、姫」
ぎりと私の青い石を埋め込まれた剣が、オーレリアンの押してくる力に震える。
けれど、その瞬間オーレリアンの瞳がはっと開いたのだ。翡翠色の瞳が大きくなり、私の鍔の根元に埋め込まれた青い石をじっと見つめている。周囲を彩っているのは、故郷によく咲いている
「その剣――――。昨日の騎士が使っていたのと同じ……」
ふん。とうとう気がついたか。
オーレリアンの翡翠色の瞳が、剣から私の顔に移ると、昨日の面影と比べるように見つめている。
「まさか、お前は……」
だが、もう遅い!
にやっと私は不敵に笑って見せた。
きっと今頃、マリエルはもうノースライス城の入り口に辿りついているだろう。
そして、大きな声で開門を叫んでいる姿が、脳裏に浮かぶ。
「ギルドリッシュ陛下に面会を申し上げます! 私は、ラルド王の娘、マリエル・レビジュール・ロードリッシュです!」
きっと騎士服を着込んだ姫の登場に、ノースライス城の白亜の城門は右往左往していることだろう。
「身分を証明するものとして、父ラルド王からいただいた王家の紋章入りの指輪もございます!」
そして、大きな城門は、マリエルの前に左右に開かれるだろう。これから祖父に会う新しい女王候補として!
私の顔と剣を見つめていたオーレリアンにも、こちらが何を狙っての作戦だったのかがわかったらしい。
「しまった!」
一瞬で顔色を見たこともない青いものに変えると、私から剣を離した。
そして急いで岩場の入り口に残していた馬に走っていく。
「ノースライス城に急ぐ! ここにいるのは、姫の影武者だ!」
弓を構えて地面に膝をついていた男に、オーレリアンは早口に言うと、急いで馬に飛び乗った。
オーレリアン達の姿に私も走り出す。
「私達も行くぞ、レオス!」
「ああ!」
そして、急いで馬に飛び乗った。
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