(4)喧嘩を売るなら買ってやる!


 目の前で腕を組んでいるレオスは、まさに仁王立ちで私を睨んでいる。


 まずい! 完全に怒っている!


 視線だけで殺せるのなら、今すぐにでも射抜かれそうな眼差しに、冷や汗が止まらない。


「ああ……悪い……」


 ――さあ、なんて言おう?


 マリエルの身代わりを務めることは極秘事項だし、シリルのこれまでの言葉だとどこに間者が潜んでいるのかもわからない。


「ちょっと――道に迷ってさ。まだ慣れてないから――」


 これで誤魔化されてくれないだろうかと頭をかきながら答えたのに、腕を組んだレオスの眼差しは、ますます厳しくなる。


「一階の武器保管庫から一階の倉庫に行くまでに? 階段なんて一段も上る必要がないと思うが?」 


 うっ! 嫌なところをついてくる!


「ええーっと……そう! ちょっと侍女の子に手伝って欲しいと言われてさ。どうしても私じゃないと無理らしくて、急ぎの用事だったから」


「へええ。騎士の新米でないと無理な仕事。それは一体どんな手伝いなんだ」


「えーっと、少し素肌の体を貸したり、紐で縛られたりする手伝いなんだけど」


 うん。間違ってはいない。さすがに、ドレスの採寸とコルセットをつけた寸法の確認とは言えないから、適当に誤魔化したけれど。しかし、レオスの藍色の瞳がすっと細くなった。


「馬鹿か! ただの致命的な方向音痴かと思っていたら、任官早々姫の侍女とねんごろになるなんて! 何を考えている!?」


「ねんごろ!? お前こそ何を言っているんだ!? あれはどう考えても、私が一方的に苦しくて痛い思いをしただけだぞ!?」


「ほーう、それでその時の相手の表情は?」


「そういえば、なんかやけに楽しそうに興奮した顔をしていたけれど……」


 あれは、私のスタイルを女性らしくできたことへの達成感ではないだろうか。ふうと額の汗を拭いながら、ひどく清々しい笑みを浮かべていた。


 思い返しながら、顎に指をあてて天井を見上げた次の瞬間、苦虫を潰していたレオスの怒声が響いた。


「それで王宮騎士ともあろう者が、婦女子にいいように弄ばれたというのか!?」


「弄ぶって――。一応、私も了解してからつきあったんだし、それはあんまりじゃないか?」


 その言いようでは、職務に忠実だっただけのエマとロゼがかわいそう過ぎる。いや、そりゃあやけに恍惚とした顔をしていたけれど、それはきっと仕事へのやりがいとか使命感だと思うんだ。


 ――というか、思いたい。


 ただ、一人面白そうに見つめていたシリルを除いて。


 それなのに、苛々と指を動かしていたレオスの瞳は、突然くわっと開いた。


「この馬鹿! いくら採用の理由が女性の歓心を買うためだったからといって、最初から役目を放棄して仕事を投げ出すとは何事だ!」


「え」


 ――いや、これも私の仕事なんだけれど!?


「だいたい顔だけで採用というのからして気に食わなかったんだ! 実力もなさそうなひ弱な体で、精鋭の王宮騎士団に選ばれたというだけでも噴飯ものなのに、せめて真面目に勤める気があるのかと思えば! やる気さえないとは、とんでもない役立たずが!」


「なんだと!? 私のどこが役立たずだって!?」


「その通りだろう!? 武器の手入れ一つできない。やる気さえない! これが役立たず以外のなんだというんだ!?」


「なにっ!?」


 こいつ! 


「訂正しろ! 確かに言わずに持ち場を離れたのは私が悪いが、そこまで貶められる謂われはない!」


「顔だけで採用されたくせに! それで特別待遇を受けて仕事まで放棄するなんて! 思いあがりでなければなんだと言うんだ!?」


「顔、顔って――――!」


 昨日から我慢していた怒りに完全に火が着いた。


「顔で採用されたことに引け目を感じているのは自分だろうが!?」


「なにっ!?」


 叫ぶと相手の目が開いた。けれど、口は止まらない。


「だから、そんなに顔採用が気になるんだ! 同じ顔採用でも、私は自分の実力に自信がある! 悔しかったら、誰に何を言われても動じないほど強くなって見せろ!」


「なんだと! それは、俺が弱いと言っているのか!?」


「弱い犬ほどよく吼えるからな!?  皆を黙らせられる自信がないから、同じ顔採用の私に突っかかって来るんだろうが!?」


「よくも――――」


 その瞬間、レオスの藍色の瞳が険しく変化した。


 あ、言い過ぎたか?


 しかし、反省する気にはなれない。半眼で睨みつける私の前で、レオスは腰に下げた剣を握ると踵を返した。


「そこまで言うのなら、剣で俺を負かしてみろ! 随分と腕に自信があるようだからな。俺を負かせたら、今日のさぼりは不問に付してやる!」


「いいとも! 望むところだ!」


 じろりと視線だけはこちらに向け続けるレオスに、私は深く頷いて腰に下げた剣を握り締めた。


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