第14話 対ヴィルス

 ヴィルスは少しずつこちらに向かって来ていた。

 このまま行けばおそらくあの家が危ない。

 幸いにも腰には剣がある。


 ———幸い?


 そんなわけはない。こんなものがあったとして勝てる相手ではない。

 それでもあの子たちは助けなければ、そう思う自分がいる。

 きっとこれは贖罪のようなものだ。目の前で幼馴染が襲われている様子を見て逃げる事しか出来なかった、あの時の贖罪だ。後ろを確認する。どうやら無事に子ども達は家の中へ避難したらしい。ただ、この場にアイラはいない。つまりあの家にヴィルスが辿り着いてしまえば子ども達が危ない。

 ならば話だけなら簡単だ、あの家に向かわせないようにこちらに注意を向けつつ、アイラの帰りを待つだけでいい。作戦がアイラを待つという事が何とも恰好付かない部分はあるが、世の中適材適所というものがある。それよりも問題は如何にして時間を稼ぐかだ。一つ言えるのは確実に接近戦は不利と言う事だ。あの発達した腕の攻撃は掠っただけでも致命傷になるだろう。と言っても遠距離での攻撃と言っても手元にあるのは先ほど即興で作ったスリングぐらいしかない。それでも無いよりはましだ。

 先ほどと同じ様に足元に落ちた石を布で包み、それを頭上で回す。

「くらえ!」

 狙いを定め、石を放つ。

 放たれた石は狙い通りの直線を描いてヴィルスの右目に命中する。

 ヴィルスは大地が割れるような慟哭をあげる。どうやら弱点となる場所は他の動物とほとんど変わらないらしい。

 ならば、

「もう一発、くそっ……」

 痛みのせいかヴィルスはその場でのたうち回っていた。これでは狙いを定めることは出来ない。ただ、ここで俺はヴィルスを倒す必要は無い。このまま留まってもらうのが一番だ。が、世の中そんな甘くは無い。

 一際大きく、ヴィルスはその場で咆哮を上げる。先ほど石が直撃した右目は閉じていたが左目はこちらを、じっと見ていた。とりあえずこちらに注意を惹かせるのは成功だ。

 ヴィルスは地面を蹴る。おそらくこちらに突進を……、

「ちっ……」

 ヴィルスの身体は予想を超えた速さでこちらに向かって来た。それを紙一重で躱す。

「ど、……どうなってやがる」

 あの巨躯からは考えられない速度だ。それだけ筋肉が発達しているのだろうが、それは完全に予想外だった。

 まずは出来る限り距離を取る事が先決だ。後ろに跳ぶ。が、背中を向けていた筈のヴィルスが反転と同時にその巨大な拳を放つ。

「しまっ……」

 反射的に剣を抜き、側面でそれを受ける。しかし、威力は殺せず、自分も後ろに跳ぼうとしていたこともあり、その場から吹き飛ばされる。

「かっ……、ぐっ……」

 背中に強い衝撃が走る。どうやら壁に激突したらしい。

(まだ、まだ大丈夫だ)

 痛みに悲鳴を上げる身体を無理やり立ち上がらせる。身体に残るダメージは大きいが、それでも直撃を避けた事を自画自賛する。しかし、その代償と言わんばかりに刀身は半分ほどの長さになっていた。

「ま、まじか……」

 ここまで来ると笑いが出る。こんな事をしている間にもヴィルスはその身体を一歩一歩、こちらに近づけていた。あの攻撃を何度も受けるわけにはいかない。その場から身体を動かそうとする。が、思ったように身体が前へ進まない。

「……う、嘘だろ」

 身体に残っているダメージは、あの一撃で与えられたダメージは思っていたものよりはるかに大きいものだったらしい。

 無理やり身体を動かそうとするが、もう遅かった。

 ヴィルスの振り上げた拳は、薙ぎ払う形で俺を襲う。それを咄嗟に受けようとするが、半分になった刀身では意味をなさず直撃を避ける事は出来ず吹き飛ばされる。

 身体の中の空気が全て無くなる。頭が真っ白になる。ヴィルスがまたこちらに向かって来ているのは理解する。それでも身体は動かず、その場で膝をつく。

 どうすればいい、頭の中には混乱が飛び交う。混乱は沼だ。すればするほど深く嵌り抜け出す事は出来なくなる。分かっている、分かっていても混乱を辞めさせることは出来ない。それが余計に混乱を生み出す。

「ふっざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 混乱?

 そんなもの、吹き飛ばしてしまえばいい。もう何も考えるな。

 身体は未だ悲鳴に上げている。剣も折れてしまっている。怪我なんて数えられない。でも、逃げるわけにもいかない。歯を食いしばり、震える足を立たせる。自分の血で染まっていた視界の先、ヴィルスを睨む。

 身体から痛みが消えた。もう、大丈夫だ。小細工はいらない。半分になったこれで十分だ。馬鹿の一つ覚えのようにこちらに向かって突進をしているヴィルスの姿を確認する。

 どうしてか、笑いが零れた。向かって来たヴィルスの攻撃を避ける、避ける、避ける。攻撃自体、速度はあるものの単調だ。速度に慣れてしまえばこちらにもそれなりの利がある。放って来た拳を一重で避け、腕に一太刀浴びせる。

 再びヴィルスの咆哮が上がる。

 このまま行けば、そう安堵した瞬間、がむしゃらに伸ばしていたヴィルスの手に捕まる。

「しまっ……」

 抜け出す、そう考えたが締め付けがきつくそれどころではない。ヴィルスは口を開け、俺の左肩を噛む。

「………………っ! 」

 悲鳴にならない痛みが全身を襲う。が、ヴィルスはこちらの肩を噛むのに力を入れたためか締め付けが若干弱くなっていた。ほとんど無意識の内に右腕を解放させ、眼前にあるヴィルスの顔、その左目に剣を突き立てる。

 俺を掴んでいた手から力が抜け、その場から脱する事に成功する。 「くっ……」

 噛まれた部分が熱い。身体が痛みを思い出し始めていた。更に付け加えれば唯一の武器もヴィルスの左目に置いてきたままだ。どうすれば、薄れゆく意識の中必死で考える。

「どうして? どうしてそんなボロボロになるまで戦っているの、君は?」

 後ろから声が聞こえる。それは呆れたと言った声色をしていた。

「君はやっぱり、君なんだね」

 すれ違いざま、アイラは小さく独り言のように呟く。そして、

 「お疲れ様、ユウト。後は私に任せて」

 彼女の身体の周りに火花が散る。未だ左目の痛みにのたうち回るヴィルスに対し、アイラは持っていた槍に雷を纏わせ、そして貫いた。

 

 肩が揺すられていた。どうやら一瞬の間、気絶していたらしい。

 目を開けると、アイラの顔が目の前にあった。

 言わなければならない。自分がしたことは。自分が、出来たことは。

「子ども達は……、何とか守……ったぞ」

 守れた、俺は……。

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