黒い紙くず

 天井を眺める。

 椅子の上でディスプレイの明滅とともに秒針が進んでいく。

 太陽が消沈する。

 窓が暗転する。

 心の暖炉はいつの間にかススまみれ。

 気づくと、パジャマに包まれて、だらしなくベッドの上に這いつくばっている。枕元には、いつ抜けたのかすら分からない髪の毛が散乱している。

 内側から漏れ出る無力感に誘われながら、自分の匂いが染み付いた毛布を抱きしめる。

 目を閉じて、脳裏で瞬きするように、全部過ぎ去れと空に祈る。

 鈴の音が聞こえる。天使のお迎えというにはささやかな気がした。この、力ない鈴の音が、意識が落ちる衝撃を盗み去っていく。そして、暗闇の怖さが記憶にさざ波を残していく。

 落ちていく。

 落ちていく自分を遠くから眺める。どんどん世界がしぼんでいって、指の隙間ほどに収まる。指の隙間に引っかかった、世界の残滓が夢を見せる。

 また、鈴がなる。

「にゃぁお」

 目の前を小さな黒い影が通り過ぎる。後ろを振り返ると、真っ白な床だけが見えた。

 ふわふわとして、それでいて、暗く塞がれた世界だった。

 現実感はない。夢だとは思えない。

 分かったところから、じんわりと、視界が広がる。まっさらな紙の上に落ちた雫が、滲み広がるように。

 今日の舞台はどこだろう。

 黒板の扉が開いて、霧の立ち込める山中に出る。後ろは振り返れない。

 肩に黒猫が乗る。いや、もうどこかに行ってしまったような気がする。

 霧の中に人影がいくつも見えて、ヒソヒソザワザワガヤガヤガチャガチャ。

 ザザザザザザザザザザザ。うるさい。

 歩くと、下はかたい。泥や土で足が汚れない。裸足ではない。はきものは感じられない。

 森の中は蒸し暑い。霧に混ざる雑踏が、虫の音みたいで、耳元に飛んでくる。

 逃げたくて、走り出す。足を滑らせながら、走っていく。床のスクロールと、足の動きがリンクしない。走れば走るほど、逆に涼しくなっていく。森という森が後ろへ流れていく。

 そのまま、大きな橋の上に出る。

 にゃん。

 足元にすりすりされる。

 突然車が、足元の猫の気分をかっさらう。あー。

 ふてくされて、アスファルトの上に飛び降りる。バッシャーンと反発される。びしょびしょになる。

 息苦しくてもがくと、ふかふかになった。

 嫌な汗を押しのけるように、ブンと腕を振って、上半身を起こす。急な姿勢の変化に耐えられず、心臓がバクバクする。嫌な気分に気づく。

「んー。どうしたの?」

 となりに人が横たわっている。

「なんでもない。変な夢を見た」

「そっか……スースー」

「おやすみ」

 そっと頭を軽くなでる。

 また、鈴の音が聞こえる。

 にゃん────。

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