4-5
まだ日は山の稜線から顔を出したばかりで、空には闇の名残がある。
空気がいつも以上に澄んでいて、あちらこちらから鳥の鳴く声だけが聞こえてくる。
いつもの町の広場もしんと静まりかえっており、人気はおろか猫やネズミの姿すら見えない。
それでもあと数十分もすれば、人の営みが作り出すざわめきが溢れ始めるのだろう。
拓は一人、ぼんやりとしている。
流石にこの時間は少し肌寒いらしく、薄手の上着を一枚買おうかなどと考えていた。
だがしかし、その他の装備は最初にこの世界に来た時、つまり初期装備から様変わりしている。
・カシバ布のズボン(高品質)
・リザードの革靴(中品質)
・ユリーカ繊維のシャツ(中品質)
・カシバ布の帽子(高品質)
・銅鋳鉄の小手(中品質)
・銀鋳鉄のロングソード(Lv.6)
もう、最低品質のカシバ装備初心者とは言わせない。
考えてみれば、漫画やライトノベルの主人公は異世界転生とかされてチート能力を貰ったりしてるのに、初期装備で本当にその世界の最低品からスタートさせるとか、なかなか容赦ない神様だ。
それでも、お年玉で買ったお洒落服(想定した用途での使用は無かった)よりも、初めてのバイト代で買ったお洒落服(想定した用途での使用は無かった)の方がずっと愛着が湧いたように、自分の身に付けた物に愛情の籠もった目を向ける拓であった。
いよいよ旅立ちの朝。
早朝の待ち合わせに合わせ、世界間の時差の確認も改めてしようと、予定より早くこの世界に来ている。
21:50、男子高校生の就寝時間にしてはいささか健康的に過ぎる。
だがやはり拓の予想通り、日本時刻の22時頃にログインすると、こちらでは朝の6時くらいになるようだ。
魔道書によって時間が膨張するのはこの世界で「過ごす」時間だけらしい。
レベル10になった拓が異世界で過ごせる時間は28時間。
フルに異世界に居ても日本に戻って、お約束の4時間というインターバルを挟めばまた戻ってこれるので、無理すれば結構稼働時間は確保できそうだ。
もちろん無理するつもりは無いが。
集合時間にはまだ少し間があるはずだ。
仲間が集まる前に、改めて道中の手はずについてシュミレーションを行う。
拓がこの世界で過ごせる時間はおよそ20時間。
早朝に合流し、日中を護衛としてマレヴィテに向けて仲間と旅をし、就寝時に元の世界に戻る。
万が一はぐれても、
先日ネーレに教わってから、暇がある時に色々ヘルプ機能を見ていて発見したのだが、登録した生物の個体の存在位置をマップに表示させる事が出来るらしい。
「ストーキング目的での使用は禁じております」などと、余計な文句が付いていたが。
マップの表示範囲にしか反映できない点と、拓の現レベルでは一つしか登録枠がないという弱点はあるが、今回の旅に限ってはかなりの便利機能だ。
クーリオを登録しておく事で、もし朝の合流に遅刻した場合、あるいは夜間に何かあり、隊がキャンプ地を移動してもいずれ追いつく事は出来そうだ。
そんないくつかの確認事項を頭の中でチェックしていると、広場にマキナが現れた。
「おふぁよう~、タク~。」
眠気を隠そうともせず、大あくびで挨拶をする。
いつものローブ姿に、大きなリュックを背負っている。
靴もいつものブーツより、そこがゴツい物のようだ。
「ずいぶん眠そうだね。」
「さすがにふぁやすぎるでしょふぁぁ~」
あくびが止まらない。
拓まで貰ってしまいそうだ。
「タクはしっかり起きてて偉いね。
お姉ちゃんも頑張るわ。」
ようやくあくびをかみ殺し、涙を拭いながら言うマキナ。
そこにふらふらとクーリオが現れ、挨拶も無しに立て続けにこちらも大あくび。
つられてまたマキナもあくびをし出す。
それを横目で見ながら拓は修学旅行の朝を思い出し、いよいよ異世界の旅立ちなんだと胸を高鳴らせるのだった。
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拓達と商人の一行は町の北門を出て農耕地を抜け、すぐに森の入り口に辿り着いた。
町の東西を囲うように聳える二つの山の峰が交差するこの北側の森は、標高の高い場所こそ少ないがなかなか起伏に富む地形だ。
森はまる一日を掛ければ深い部分を抜けられる程度だし、急な勾配も無いため荷馬車の旅はさほど困難では無い。
道はある程度の幅を保ちながら途切れる事無く二つの町を結んでいるが、荷車が作る轍がいくつも残るため、常に荷台がガタゴトうるさい。
マレヴィテの商人はセルバという細身の40代の男性で、海の町の男らしく、日に焼けた健康そうな外見だ。
荷台の先頭に座り、一頭立ての荷馬車を操っている。
他は全て徒歩での移動のため、速度は非常に遅い。
セルバの護衛としてただ一人、マレヴィテからずっと付き添っている冒険者がカルロ。
こちらは鉄の穂先を誂えた槍を手にしたなかなか精悍な男で、30代前半、レベルは20と、この場に居る者の中で頭一つ抜けた実力を持つ。
出発の際に町で顔合わせをした際、クーリオ達パーティメンバーが全員若い事に少し驚いていた様子だったが、特にセルバもカルロも口には出さず、丁寧な挨拶を交わしてくれた。
人柄の良さそうな依頼主で、拓はほっとした。
もちろんいきなり現れたら怪しいので、顔合わせの時からシムルもその場に混じっている。
少し先行してニナとマニブスが歩き、その後ろをカルロとクーリオが色々と話しながら続き、荷馬車の側面にマキナ、シムル、最後尾に拓という陣形で進む。
マキナは持ち前の社交性を発揮して、雑談を交えながらセルバとマレヴィテやヴィヴィの町なんかの情報を交換をしていた。
マレヴィテに着いた後の仕事の確保について考えている節が見て取れ、拓は感心していた。
冒険者を生業にする、生きる糧を得る、ということを身をもって学んでいる実感がわく。
平和な日本で小遣い稼ぎのバイトを時々する程度だった高校生の拓では、ここに来なければ理解し辛かっただろう価値観だ。
時折拓の方を見て、シムルと手をつないじゃいなよ、みたいな目線とジェスチャーをしてこなければ、本当に尊敬できる姉キャラなのに。
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先頭のニナとマニブスが二頭の魔狼を封じた直後、一行の周りを囲むようにじわじわと木々の間から多数の魔狼が現れ始めた。
今までに出会していたはぐれの魔狼とは違い、この辺りが縄張りなのだろう、大きな魔狼の群れにマークされたようだ。
荷馬車を中心に陣形を取るチーム。
マニブス、カルロ、クーリオ、拓がそれぞれ荷馬車の4方向の全面に立ち、他の者が遠隔から遊撃を行う構えだ。
クーリオは普段は使わない小さな片手剣を手になんちゃって前衛だ。
魔狼一頭一頭もはぐれより心なしか体が大きく、レベルも3から5とやや強めのようだ。
ニナが把握している魔狼の数は25。
この数を維持するには食料の確保も大変なのだろう。
荷車を引く馬は絶対に逃がさないという強い意志を感じる。
やがて群れの奥の方からひときわ大きな咆哮が轟き、戦端が開かれた。
マニブス、クーリオ、拓、それぞれが襲ってきた2、3頭の魔狼を押さえ、そこに後衛陣の攻撃が襲う。
いつもの陣形と異なるが、それでもこのくらいは余裕でこなせるほどのパーティだ。
だが、カルロのそれは正に圧巻だった。
自分の受け持った魔狼を槍の一薙ぎで瞬殺し、周囲のメンバーの不安が無い事を見て取ると、開戦の狼煙の咆哮が上がった方向へと飛び出し鎧袖一触、向かってくる魔狼を悉く打ち倒していく。
長柄の武器を振るう達人によくある、くるくる得物を回しながらの攻撃はさすがに森の中で見られなかったが、的確に突き、薙ぎ、石突きを打ち下ろして狼を仕留めていく様は鬼神のよう、と言っても過言ではないだろう。
熟練の戦士とはこのような物かと、クーリオ達が揃って憧憬の眼差しになるのも無理はない。
再び大きな咆哮が轟き、一瞬の突風が吹き荒れたと思った途端、茂みから砲弾のように巨体が飛び出してきた。
他の魔狼のさらに倍の大きさ、小さな自動車くらいの魔狼がカルロに飛びかかる。
群れのボスだろう、レベル10の大魔狼。
黒灰色の毛皮に一筋の禍々しい赤い線を走らせた異形。
子供の頭くらいある前足の手に鋭い爪を伸ばし、押さえつけて同時に首を噛み切るつもりだろう、凶悪な牙をむき出しに大きく口を開きながらカルロにのし掛かろうとするボス魔狼。
二つの体が接触したかと思われた瞬間、まるで時が止まったかのように全ての動きが静止する。
ニナが隙無く動向を伺い、マキナが詠唱済みの魔法をぶつけるタイミングを計っている中、カルロが身を引くと同時、ズシンという音と共に群れのリーダーの体は地面に横たわった。
あっけなく命を散らせたその巨体から槍の穂先を引き抜き、血を払うカルロ。
ボスが倒れたのを知り、残っていた数頭の魔狼はすぐさま踵を返し森の中に散っていった。
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