第三章 異世界通いの冒険譚

3-1

 まさに悪鬼のごときオーガとの遭遇から数日。

 拓はクーリオ達のパーティと一緒に行動し、ちょっとしたクエストをこなしながら過ごした。

 西の森でゴブリンの群れを討伐し、東の森でオークの群れと初対峙し、北の森で害獣を間引きながらメンバーと戦闘訓練をした。


 レベルも今や7に到達した。

 幻になるかと心配した「斬撃」スキルもレベル6時点で無事に再取得し、覚束ないながらもその剣戟に磨きを掛けている。


 あの日突然人里近くまで現れたオーガはそれきり姿を見せず、次第に町の警戒態勢も緩和されつつある。

 小さな町の規模で、巡回の人数をさほど維持できないのは道理でもある。


「タク、今のとこなんだけど…」

 今は東の森の入り口から徒歩で30分ほど踏み入った所。

 牧草地を踏み荒らすというオークの群れを追って進んでいる最中である。


 話しかけてきたのはマニブス。

 最近ではそれなりに会話数も増えてきた。


「まだもう一撃くらいは十分持ちこたえられたよ。

 リスクを冒して攻撃に出るなら、タイミングはもう少し見極めた方が良い。」


 先ほどの、マニブスの背後から躍り出てオークに切りつけた際に、脇から飛び出した別のオークの攻撃を食らいかけた時の事だろう。

 明らかな戦力差があったから大事には至らなかったが、訓練も兼ねての事だからこれは貴重なアドバイスだ。


「わかった。」

 マニブスの顔を見ながら簡潔に返事をする。


「ま、俺としてはしっかり射線を確保できてたから文句ないけどな。」


 フォローのつもりなのか、クーリオが拓を擁護する。


「えー、速攻魔法ブッパで良いじゃん!

 オーク死すべし!」


 マキナは先日オークの群れと当たって以来、何故かオークに対して当たりがキツい。

 何か過去にあったのだろうか。

 詳しくは聞かない方がいい気がする。


「…慈悲は無い…」


 ニナ、お前もか…。


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「さて、こんなもんで充分かな。」


 倒したオークの数は20にもなるだろうか。

 これでも全滅にはほど遠い。

 拓もひたすらに血を求める性分では決して無いが、何となくクーリオに聞いてみる。


「残党は追わなくてもいいの?」


「あぁ、これだけ数を減らせればしばらく被害は抑えられるだろう。」


 クーリオは水を一口含みながら言う。


「あまり追い詰めるのも良くないんだ。

 この間のオーガも、本当はあんなとこに出てくるヤツじゃない。

 極端に魔物の数を減らしてしまうと、森の均衡がおかしくなっちまうんだと。」


 なるほど、それは拓にも少し分かる気がする。

 そう言えば拓がまだ町に入る前のこと、魔猪に遭遇したときにネーレも違和感を感じていた。

 何か、森の中の魔物の分布に異変のような物があるのだろうか。


 ゲームじゃあるまいし、まさか魔王なんていないとは思うが…。


 ふと心に浮かんだ洒落にならない疑問に、思わず拓は口を開いていた。


「魔王…?

 そんな存在は聞いた事無いな。」


 クーリオのあっさりした返答に、心底胸を無で下ろす。

 この世界に魔王はいないらしい。

 一応、ネーレにも次に会った時に聞いておこうと、心にメモをする拓であった。


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「魔王っすかぁ。」


 ネーレは泉の広場でアイスをくわえながら間延びした声を出す。


「くしゃみすると壺から出てくるタイプっすか?」

 そんなタイプの魔王、拓は聞いた事無い。


「この世界に魔王はいないっすよ。

 少なくとも今は。」


 その言葉にほっとしつつも、今は、という下りに引っかかりもする。


「そういう存在が生まれる可能性はあるっす。

 ここでは無い、でもここと似た別の世界で、人間の支配地域が魔物の生息域を極端に狭めていった暁に、魔物を統べる存在が現れたっていう例は良くあるっす。」


 棒だけになったアイスの亡骸をくるくる指先で回しながら、ネーレは続ける。

 

「それでその存在が逆に人間を追い込んだりする事もあるっすが。

 どっちみちタッくんが思い描く魔王とはちょっと違うと思うっすけど。」


 これは先日のクーリオの話にも通じる所だ。

 心に留めておくべきことだろうと、拓は神妙に頷いた。


「ところで。

 この世界って、アイスなんて売ってるの?」


「んふふー。

 タッくん、パンが無ければケーキを食べれば良いじゃない!っす。」


 それは何の回答にもなっていない。


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「フィトゥルーリア?」


 広場にて。

 先にギルドでクエストを物色してきたクーリオとニナに対し、拓がオウム返しで質問する。

 ポーションの素材になるその水草は、西の森に入った少し先にある湖に群生している。

 拓が疑問に思ったのは、先日のオーガ騒ぎで、そこまでの遠征は自粛を促されていたと思ったからだ。


「あぁ。もうすぐ採取時期が終わるからな。

 背に腹は代えられないってことだろう。

 しばらくオーガも目撃が無いから、採れる時に採っておこうって話さ。」


 クーリオもこういったことには慣れているのだろう。

 どことなく達観した眼でそう語る。


 実際、開けた場所でそれなりに対応策を施していれば、このメンツでもオーガをやり過ごす事くらいはできるはずだ。

 拓にはトラウマが芽生えているが、デカいだけの相手だと割り切ることも出来なくは無い相手なのだ。


「時間が余ったら釣りもしたいわね。

 あそこのマスは脂がのってるのよねー。」

 ニマニマと口元を緩めながらマキナが言う。

 それを聞いて酒飲み達が、どんな調理法が良いか各々持論を展開する。

 どうしてこう冒険者は酒好きなのか。

 拓は仕事帰りに新橋辺りで飲んでいる、サラリーマン達のニュース映像を見ている感覚を覚えていた。

 塩焼きが、とかワタが、とか、何やら白熱し始めた一行を宥めて、出発する事にした。


 この地域が恵まれているのか、それともたまたまそういう時期だったのか。

 この世界に来てから、拓は気候というものに不快さを覚えた事が無い。

 今日も実に過ごしやすい気温だ。

 空も晴れ渡っており、森の木々が作る陰影は歩くリズムと合わさり、視界に光と影のコントラストを常に交互に映し出し、心が躍る。


 拓が先日覚えた魔狼の肉を燻したジャーキーを銘々片手に、一行はハイキングのような雰囲気を漂わせながら進む。

 クーリオはジャーキーにはエールが欲しいな、なんてぼやいていたが、さすがにそれは気を抜きすぎではないだろうか。

 というか、さっきから酒の話しかしてない。


 やがてお馴染みの湖へと辿り着いた一行は、慣れた動作でそれぞれ仕事に取りかかる。

 拓ももう手慣れたと言ってもいい頃だ。

 マニブスの隣で早速水草採取に臨んだ。


 採取時期も終盤に入ってるという情報通り、取れ頃の青々した草はいくらか目減りしている印象だ。

 草の間を縫い物をしているかのような動きで泳ぎ回る無数の小魚を見て楽しみながら、拓達は無心に採取に励む。


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 一刻も過ぎただろうか。

 昼食を取る段になって、湖の向こうに広がる丘陵の裾野を眺めていたニナが、パンをかじる手を止めてじっと動きを止めている。


「あれ、何?」


 丘陵が纏った緑の森の絨毯の中から、一筋の灰色の糸が天に向かって伸びている。

 いや、よく見ると糸に見えるそれはかすかに棚引いているようだ。


「…あれ、火の手が上がってる…?」


 弓兵特有の眼の良さなのか、クーリオが何かを把握したように声を上げる。


「あの辺って…ブラウニー達の集落があるんじゃ無い?!」

 マキナが思い当たったように叫んだ。


 ブラウニー達の集落…。

 シムルの居る場所。

 いつか必ず訪問すると約束した場所。


 無意識に拓は立ち上がっていた。


 思春期男子高校生、生田拓。理想の美少女の危機、かもしれない事態に奮い立つ。

 が、全く同時に他のメンバー4人も一緒に立ち上がったのはどういうわけか。


「行くか!」


「行くでしょ」


「行こう」


「行かねば」


 そんな変格活用は無い、と思った拓だったが、もちろんそんな野暮な突っ込みは無しだ。

 こんなに頼りになる仲間もいない。


 広げていたキャンプの後片付けも雑に終わらせ、拓達はブラウニーの集落へと駆け出したのだった。

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