3-2
湖の畔を駆け抜け、急勾配の坂道を登る。
やがて少しずつ道はなだらかになり、のどかといっても言い森の中をややスピードを上げて駆けていく。
森の中に入ってから遠くに見えていた煙は隠されてしまっていたが、やがて再び眼に入ってきた。
同時に、微かに藁のような物を燃やす匂いが漂ってくる。
鳥の鳴き声がひっきりなしに飛び交い、獣達の気配も騒々しいのは、気のせいでは無いのだろう。
この付近で何かが確かに起こっている。
息を切らして坂を登り切ると、木々に覆われた眼下に楕円状に切り開かれた土地が広がり、4体のオーガが動き回っているのが見えた。
開墾された土地はいくつかの畑が放射状に散らばり、中央に低い灌木を生け垣のように円形に囲んだ居住区があった。ここが、ブラウニー達の集落だろう。
今、居住区の端にある大きめの家屋から火の手が上がっており、集落のあちこちで暴れているオーガ達に、それぞれ小集団のブラウニーが囲い込んで対処をしているようだ。
一体のオーガで大騒ぎしていたのに、一度に四体も、何故…?
「急ごう!」
クーリオの檄にメンバーそれぞれが我に返り、集落へと再び駆け出す。
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村に近付くにつれ、ブラウニー達の怒号が風に乗り聞こえ始めた。
畑を抜け、ようやく村の入り口らしき囲いの開いた場所に辿り着くと、そこにはさっそく一体のオーガが立ちはだかっていた。
オーガの周りには20人程のブラウニーが囲んで応戦している。
防具を纏い武器を手にしたブラウニーが直接オーガに攻撃している一方、離れた場所から数人のブラウニーが魔法を使っている。
オーガはといえば、引き抜いた直径1mを優に超える大木を武器にして振り回し、足下のブラウニーや周辺の家屋にダメージを与えている。
見上げる事さえ困難を覚えるほどの巨体のオーガと、ただでさえ人族の8割程の体格であるブラウニーの戦いは、端から見たら実に馬鹿げた光景だ。
それは拓に往年の名作SF映画の場面を想起させた。
「おい、タク。
あいつの足…」
息を整えながら戦況を分析していたクーリオが、拓に呟いた。
言われて拓も気が付いた。
よくよく見ないと分かり難いが、オーガの右足、ふくらはぎの側面にうっすらと切り傷がある。
あの時のオーガか…
「行くぞ、雪辱戦だ!
ブラウニーに声を掛けつつ、各自散開して攻撃だ!」
おう、と全員が答え、目の前のオーガに駆け出した。
「加勢します!」
マニブスと共に、最前線でオーガの足に大槌を振るっている壮年のブラウニーに近付いた拓はそう声を掛け、そのまま剣をオーガに切りつけた。
「人族…?!
すまん、助かる!!」
「攻撃が来るぞ!!」
別の方向から声が届く。
オーガが手にした大木を、横薙ぎに振り回してきた。
槍など長柄の武器を持っていた者は大きく距離を取り回避の姿勢、その他の前衛陣の前には大盾を持ったブラウニーが庇うように立った。
マニブスもそこに並び立ち、大きく足を開いて迫り来る大木のスイングを待ち受ける。
ガツンと衝撃音が響き、盾二人の体がズルズルと後退するが、何とか攻撃を持ち堪えたようだ。
その好機を逃すまいと、クーリオを含めた弓兵達の攻撃がオーガに殺到する。
やや遅れてその次に今度は魔法が飛び交う。
風や雷の波がオーガの腕や顔に当たり、仰け反るオーガ。
腹部に真っ直ぐ飛んでいった炎の矢はマキナだろう。
地響きを立て、大木が地面に落ちる。
堪らずオーガが手にしていた武器を落としたようだ。
再び前衛陣が足に纏わり付く。
拓も斬撃スキルを発動させ、古傷を抉っていく。
攻撃を嫌がるオーガは足を振り回し、蹴散らそうとしてくるが、ヒットアンドアウェーの要領で攻撃を与えては距離を取り、と立ち回る。
しばし猛攻を畳みかけているうちに、ブラウニーの大槌と拓のロングソードが間を置かず同じ場所を続けて穿ち、それが骨に大きなダメージを負わせたのだろう、オーガがついに膝をついた。
そこにまたも殺到する弓矢と魔法。
それは悲鳴か怨嗟の声か、耳障りな呻きを繰り返すオーガ。
だがまだ体力は残っていそうだ。
「タク、背中!」
遠く後ろから聞こえたクーリオの叫びを耳にした瞬間、何を言いたいか理解した拓はオーガの背後に向かい走る。
以心伝心というのか、何だかチームの一員になれたようで内心に嬉しさが込み上げる。
直ぐにそんな浮き立つ心の頭を理性で抑えつけ、背後からオーガを見上げる。
こんなに巨大な相手とやり合った末に自分は死んだんだと、改めて思う。
もう二度とあんな思いはごめんだと、心の中で強く決意し、大鬼の体を見据えた。
眼前にあるのは、膝を付き露わになっているバカでかい右足の裏側。
狙いを定めた拓は、大きくジャンプした。
先ず右足ふくらはぎの上に自らの右足を着地させ、グッと体を沈ませた反動でさらにもう一段飛び上がる。
レベルアップの恩恵に預かった身体能力で、普段では考えられない跳躍力だ。
目の前に現れたのは屈み込んで無防備に晒されている腰骨。
その少し脇を狙い、両の手にしかと握ったロングソードを突き立てた。
渾身の力に、何が何だか分からない、ぐるぐる渦巻く色んな感情も乗せて、ついでに一回殺された分の恨みも控えめに。
冗談のように堅い筋肉の繊維を切り裂きながら、深くオーガの体にその剣先が沈んだ。
―グルオオガアアア
激痛に呻きながら、堪らずオーガが上半身を起こす。
振り落とされそうになった拓はそれでも剣を手放さない。
おかげでさらにオーガに付けた傷口を捻るように抉り、それからゆっくり拓の体は地面に落ちた。
着地と同時に体を回転させ、衝撃を殺す事も忘れない。
一方、表を再び晒したオーガにまたも集中砲火が襲う。
腹、胸、顔、至る所にあらゆる攻撃が届く。
オーガはといえば、左手で顔を庇い、右手を滅茶苦茶に振り回して飛んでくる攻撃を弾き落としている。
そんな中いつの間にかオーガの足下まで出てきていたクーリオが、真上に向けて弓を構えた。
オーガの顎下に狙いを定め、ギリギリと鉄製の矢を引き絞る。
弦の張りが限界に達したかと思った刹那、矢尻を押さえる右の指先に僅かに光が集まり、弾けると同時に矢が解き放たれた。
―ブンッッ
鋭く空気を切り裂きながら突き進む矢はまるで光線のように、瞬き一つの間にオーガの首を下から食い破り、やがてその矢の先が脳天に届いた。
断末魔を上げる暇さえも無く、ついにオーガは息を止め、その巨体を地に伏した。
膝を折り仰向けに倒れた骸は、死して尚、まるで新たな丘が出来たかのような存在感を放っていた。
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「人族の冒険者よ。
本当に助かった。
救援、感謝する。」
最初に声を掛けた大槌のブラウニーの戦士が礼を言ってきた。
歴戦の強者といった風情の彼だが、小柄なためどことなく可愛らしい雰囲気も感じる。
茶色の髪と茶色の瞳。
モノクルに表示されるレベルは11。
その場で戦っていた者達は傷の手当てをしたり、ポーションを服用したり、各自回復に専念している。
そう、まだ村が救われたわけでは無いのだ。
そこに、村の各地を巡回してきたらしいニナが戻ってきた。
「他の二体は倒れた。
もう一体も優勢。」
簡潔にそう告げるニナ。
まだ動ける者が立ち上がり、残るオーガの元に向かい歩き始めた。
「よし、俺達も行くか。」
クーリオの言葉に、仲間達も休めていた体を起こし立ち上がった。
拓も自分のステータスチェックを終え、立ち上がる。
Lv.9 ― 新しいスキルは「縮地」。
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