1-9
「このまま逃げるのは悪手っすね。
一太刀浴びせて、怯ませてから逃げるか、大怪我覚悟でやり合うか、っす。
幸い手負いのようですし。」
魔猪から視線を逸らさず、冷静に告げるネーレ。
今まで相対してきた魔物とは迫力がまるで違うが、拓は覚悟を決める。
慣れてきたとは言っても、ただの高校生だ。怖い物は怖い。
震える腕に力を込めて、剣を握り直す。
ゆっくりと魔猪が近づき始めた。
射線を確保するスナイパーのように、最短で迫るルートを探っているのだろうか。
そして狙いは定まった。
ドン、という音が聞こえた気がする。
異世界初日に襲われた猪を再現するかのように、それは死という概念を纏って目前に現れた。
あの時とは違い、今度はガードをするために剣の面を身体の前で構えていたが、その甲斐も無く、拓の身体は2mほど宙を舞う。
そのまま後方まですごい勢いで跳ね飛ばされた。
先ほど身を隠していた繁みを突き破り、土で均された道に半分体を飛び出させて止まる。
胸を圧迫する激しい痛みに顔をしかめ、何とか目を開けると、先に飛ばされていた魔狼の死体の虚ろな瞳と目が合った。
自らの死をイメージした刹那、魔猪の咆哮が地面を揺るがす。
「タッくん!大丈夫っすかー!?」
ネーレが叫ぶが、息が詰まって声が出せない。
やっとの思いで半身を起こすと、脇腹から多量の出血があることに気付いた。
牙にやられたのか、奇しくも魔猪と同じような箇所に傷を負ってしまった。
脇腹か……
身近にある大木まで這って進み、大木に身を預けるようにしながら震える足腰で立ち上がる。
その姿を認めた魔猪が、再び獰猛な輝きを瞳に宿した。
タイミングは一瞬。拓はその時をただ、待つ。
そして魔猪が動いた。
猛然と迫ってくる巨体から目を逸らさず……
―横に飛んだ。
直後、魔猪の体が大木にぶつかり、大きな振動が起こる。
倒れ込んだ拓は露わになった魔猪の傷口へと、切っ先を突き刺した。
十全に力を込められた訳もなかったが、臓器まで剣先が届いたようで、唸り声を上げながら魔猪が激しく嫌がった。
大きく体を震わせながら後退する魔猪。
三度の突進を食らう前に、拓はショートソードに渾身の力を込めて顔面に叩きつけた。
グルワア!!
悲鳴を上げた魔猪は、しかしながらまだ健在だ。
細長い顔を斜めに切りつけられ、夥しい血を流しながらもなお、拓を睨み付けている。
もう一度、その牙で蹂躙するつもりだろう。
短い助走距離のまま、魔猪が突っ込んでくる。
さほど速度の無い突進を、今度は余裕を持って躱し、両手で握りしめた剣を首筋に打ち込んだ。
こうして拓はLv.4になった。
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魔猪の解体はただただ肉体労働だった。
三頭の魔狼の解体も合わせて終わらせた頃には、山の端に日が沈みかけていた。
「いやぁ、今日はなかなかの収穫でしたっすね。」
晴れやかな顔でネーレが言う。
「タッくんが木っ端のように宙を舞った時には、心臓が止まるかと思ったっす。」
「本当、生きてて良かった。」
レベル4になって習得したスキルは何故か両手剣だった。
最後の止めのあの動きは、剣道で培った物だったのかもしれない。
「さて、タッくんももう一人で山を下りるくらいには力をつけたことですし、あたしはしばらく来ないっすよ。」
「そうなの?」
「はい、寂しいっすか?」
悪戯を企む子供のような表情で、ネーレが聞く。
素直に認めるのも癪だが、何日か共に過ごした相手だし、何よりこんなに危険な森の中、独りで行動するのは正直不安しかない。
「まぁ、それなりに。」
渋々そう答えると、少し嬉しそうにネーレは笑った。
「大丈夫、ちょいちょい様子を見に来るっすよ。
だから、タッくん。くれぐれも無理はせずに。
『いのちをだいじに』っすよ。」
「わかってます。」
いやというほど分かってる。
「この道をずっと下っていけば、町に辿り着けるっす。」
ネーレが指差す先には、どんな出会いが待っているのだろうか。
不安と、期待。
明日からの冒険に、拓は心を震わせた。
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