1-5
ネーレの指導に任せ、アイテム欄から取り出したロープで後ろ足を縛り上げた猪を木の枝から吊し、血抜きを済ませる。
取り出したナイフで体を切り裂き内臓を捨て、毛皮を剥ぎ、部位ごとに解体していく。
ひと作業毎に一々手を止め、部材についての説明や、作業の方法、意味を丁寧に説明してくれるおかげで、結構な時間が経った気がする。
意外とネーレは過保護というか、面倒見が良いらしい。
「獣の肉は売ればお金になるし、食料にもなります。解体は丁寧にやるっす。
それに、獣だろうと魔物だろうと、死体はちゃんと処理しないと病原菌が発生したり、稀にアンデッドちゃんになったりしますから、マメにやるですよ?」
一息ついたところでネーレは真面目な顔で説明した。
魔物からは極希に魔晶石というアイテムが取れるらしい。なんでも高濃度の魔素が結晶化したものだとか。
「じゃ、解体済みのうりっちをアイテムボックスに収納しましょう。
アイテム欄の中に『収納』コマンドがあると思うんで、それを選択すると口が開くんすよ。」
メニューを操作すると、目の前の空間に穴が開いた。直径1mに届くかというほどの穴だ。
「アイテムはたしか50個まで保存できるっす。その穴を超えるサイズの物は収納できないので。収納空間に時間の概念は無いんで、肉とか腐らなくて便利っす。
まぁ、収納できる物、出来ない物は色々試して把握するのがいいっすね。」
ますますゲームの世界だと思ってる矢先、さらにネーレが続ける。
「さて、ここらで一度保存(セーブ)しときますか。」
「セーブ?」
「メニュー欄にありますよね?ゲームでもセーブはするっしょ?」
「……するけども」
なんだか釈然としないまま、拓はメニューからセーブを選択する。
体の周りに淡い黄色と青の光が走り、収まった。
「これでセーブ完了っす。
セーブは基本、いつでも出来るっすが、人目に付かない安全な場所でしか出来ないので注意っす。」
「セーブしたら次回は同じ所から始められる、ってことなの?」
「セーブするのは、場所と取得アイテム、基本ステータスなどっす。状態異常やダメージなんかはログアウト時に回復するから無問題っす。
あ、ログアウトってのはもちろん、地球の体に戻ることっすよ。
固定化、っていう手法を用いたシステムなんす。」
「じゃぁ、次にこちらの世界に来た時は、最後にセーブした状態を引き継げるってことなんだね。」
「そっすね。」
短い返答の後、改まったように拓に向き直るネーレ。
「これは、とても大事なことなのでよく聞いておくっす。
この世界で仮に命を落とすようなことがあっても、それは強制ログアウトとなるのであちらの体には無事に戻れるっす。少なくとも、最初の一回は。
でも何度も繰り返すのは保証サービス外っす。PCで言うところの強制シャットダウンと同じっすから、その危険性は分かるっすよね?」
今までで初めてとも思えるネーレの真剣な様子に、拓も素直に頷く。
「うん、いい子っす。
単純にこの世界に来れなくなるだけならまだしも、下手したらあちらのタッくんも無事ではなくなります。
そんなことになったら、あたしも主上様に顔向けできないっす。」
「主上様?ネーレのご主人様みたいな人?」
「いずれタッくんも会えるかもしれませんね。お楽しみに、ってとこっす。」
そんな風に言うネーレは少し嬉しそうな表情をしていた。
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「タッくん、残り時間はあとどのくらいっすか?」
しばらく森の中をウロウロとさまよっている中、唐突にネーレに問われ、拓は首をひねった。
「残り時間?」
「メニューの左上に残り時間の表示があるっすよ。」
言われたとおりメニューに目を向けると、どうやら気になっていた左上の時間表示のことらしい。
- 03:30:40 -
「これは…あと3時間30分、てことなのかな?」
「多分そうっすね。」
たしか最初にこの表示を見たときには、9時間と何十分、時間が残っていたはずだ。
つまり、異世界にいられる時間は10時間ってことに…
「ん?10時間?
……待って。10時間って!これうっかり寝坊して遅刻しちゃうかもじゃん!」
「あぁ、大丈夫だと思うっすよ。
だから魔道書を使うときは、4時間睡眠時間を確保できるときに限ってくださいね?
その間は起きないっすから、知らない人が見たらびっくりしちゃうっす。」
その話が本当なら、この異世界での時間は地球の時間の流れと違っているのだろう。
「そうっす。魔道書の力で時間の流れが膨張するっす。
タッくんのレベルが上がれば、もっと長い時間を過ごせるようにもなるっす。」
つくづく便利な
「じゃせっかくなんで、最後に魔物をひと狩りして今日は終わりましょう。やっぱ、魔物は経験値ウマーっすから。」
大ぶりの獣でさえあんな体たらくだったというのに、この女は何を言ってやがるのだろうか。
そんな拓の内心に気付いたのか、ネーレは言う。
「はぐれの魔狼がいるっす。さっきのうりぼうと大差ないっすから、安心す。」
ちっとも安心じゃないし、そもそもさっきからずっと、うりぼううりぼうとうっさいが、それは猪の子を指す言葉だったように思う。
このいい加減な謎ガイドはどこ吹く風だが。
「アイテムからモノクルを出すといいっす。」
言っても仕方ない空気を感じ、拓は大人しくアイテム欄を操作した。
取り出したモノクルは、言葉通り片眼鏡のようだ。鎖などは付いて無く、どちらかというとルーペにも思える。
「どっちか好きな方の目にあてがうと、自然と装着されるっす。」
言われたとおり左目に当てると、吸い付くようにぴったりと目に馴染んだ。
「ふはっ、ちょっとダサいっすね。
それよりも、来るっすよ!!」
何だか聞き捨てならない言葉を耳にした気がするが、それに抗議する余裕も無く、音のした方に顔を向ける。
今度は繁みから一頭の犬、いやオオカミが姿を現した。
先ほどの猪より一回り小さいが、獰猛な表情は怒りに満ちており、灰色の毛皮で覆われた筋肉は見るからに引き締まっている。
とてもワンコを愛でる雰囲気では無い。
モノクルを通して見る魔狼には、そのまま魔狼、という種族名とLv.2 という表記がされていた。
のんびりとこちらの心の準備を待ってくれるはずも無く、グルル、という唸りと共に、魔狼が襲い来る。
覚束ない動きではあるが、それに合わせ拓も剣を振るう。
噛みつこうとした狼の鼻面を上手い具合に剣のエッジで殴りつけると、キャンッという悲鳴を残し、狼は後退した。
さらに憎悪を増した様子の魔狼は、地面を揺らすほどの大声で吠え上げ、再び襲ってくる。
この咆哮を浴びた瞬間に拓の身体はすくみ上がり、ほんの僅か硬直した左手の小手に魔狼が噛みついた。
するどい痛みが走り、慌てて左手を振り、右に持つ剣を魔狼に向け振り落とす。
またも間合いを取った両者はにらみ合い、ぶつかり合う。
何度目かの接敵でようやく魔狼の前足の一本を傷つけた拓は、それを足がかりにたたみかけ、ついに死闘の幕が閉じた。
膝に手を当て、何とか荒い息を落ち着かせようとしていると、身体の中に爽快感にも似た曰く言いがたい感覚が走るのを感じた。
同時にうっすらと体を淡い光が掛け抜けていく。
「お。その感じ、レベルアップしたっすね。」
ネーレに言われ、メニューを見ると、左上の数字が、確かに「Lv.2」になっていた。
「タッくんのはじめてのレベルアップ、ゲットだぜ!っす!!」
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