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「つまりこれは、VRゲームなのかな?」
拓は思った通りのことを率直に言ってみた。
VRMMOそのものに思える。
「いや、違うっすよ。
あえてゲームのように見せているんす。
その方が理解しやすくないっすか?」
確かに、先ほどメニューをいじった時も、直感的に理解できた気はする。
「『レベル』についてもそうっすね。
実際にはレベルなんて物、ありやしませんす。この世界にもタッくんの世界にも。
でもレベルという物差しがある事で、この世界の中においての自分の立ち位置が把握しやくなるんだと、主上様が仰ってたっす。」
「じゃぁ、この装備云々のメニューも?」
「いえ~す、わかりやすいっしょ?」
「その話だと、経験を積めばレベルもあがるってことですよね。ちなみに最大レベルはいくつなんですか?」
「レベルが上がるのはその通りっすが、レベルの上限は無いっすよ。
現時点のタッくんのステータスを基準に、この世界の生き物の能力の目安をざっくり評価してる物っすから。
もしかしたらLv.100超えの猛者とかバンバンいるかもっすねー。
タッくんも最強目指してガンバっす。」
ふんす、といった感じで両拳を顔の前にかざす古めかしいポーズのネーレ。
「それから、ひとつ注意して欲しいっす。
科学が発達した世界で生きるタッくんの身体能力は、この世界では劣等生なんです、最弱なんです。
多少は魔道書の力でステータスに補正は掛けてますが、いきなり魔改造よろしく超人にはできないすからねー。
自分と相手のレベルを相対的に見て、常に対応を考えるっすよ。」
それが先ほどの物差しという言葉に繋がるのだろう。
「そういえば」
拓は気になっていたことをついでに聞いてみる。
「この世界には魔法があるって言ってたけど…」
「あー…魔法っすか…」
今度は両手のひらを左右に広げ、俯きながら首を振る。悲しみを表現してるのだろうが、やはりその仕草にイラッとしてしまう。
「多分、タッくんには魔法は無理っす。
まぁ、何年もこの世界で暮らせばあるいは、ってとこですか。」
魔法を使ってみたかった気持ちはあったが、無理なのならば仕方が無い。
そもそも夢の中だし、多くを求める方がどうかしてる。
「ただ…」
大人しく引き下がるつもりだった拓に、ネーレは続けた。
「唯一例外なのは、召喚魔法っすね。あれは魔道書を使って刻印契約を結べば、タッくんでも使える魔法っす。
ま、今のレベルではまだ使えないと思うっすけど。」
召喚魔法なんてあるのか……。
これは心に留めておこう、そう拓は思った、淡い期待と共に。
だってチラッと見たステータス欄のグラフと来たら、新品の色とりどりの付箋紙のセットのように、端っこの方で見事に頭が揃った均等な有様だったのだから。
少しくらいはファンタスティックな事が出来ても良いじゃないか。
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「さ、そろそろ次に行きますか。まだ説明することは山ほどあるっすが、あんまり説明パートが長すぎると誰も喜ばないっすから。」
誰に向けての発言か分からないが、ネーレには何か考えがあるようだ。
キョロキョロと辺りを見回し、目的の物を見つけたネーレが振り返り指さした。
「あちらから野生の獣が一頭、おあつらえ向きにやってきやがりますよ。」
その方向に目を向けると、しばらくしてから繁みをガサガサとかき分ける音がし出した。
果たして、繁みから顔を出したのは体高1mはゆうに超えていそうな一頭の猪だった。
「さぁー、うりぼうゲットだぜ!っす!」
いささか古くさい呷り文句の気もするが、拓の体に緊張が走る。
そもそも野生の猪など生で見たことは無かったが、それでも一般的な猪とはこんなにも禍々しい雰囲気を纏っているものなのだろうか。
猪特有の湾曲した牙は拓の二の腕ほどの太さを持ち、硬質そうな毛に覆われた四つの足はこれもまた逞しく、何より赤く光った眼光が拓を見据えて離さない。
(こえー!夢の中でもこえー!)
うるさいくらいだった鼻息が突然止まったと思った刹那、僅かに身を沈めた猪が次の瞬間、コマ送りのような動きで拓に迫ってくる。
彼我の差は5mは余裕であったと思ったが、一瞬で拓に肉薄して見せた。
「――っ!!」
慌てて手にしたショートソードを叩きつけようとするも、既に身近にいた猪には有効打にならず、勢いを殺すのがやっとだった。
体勢を崩し尻餅をついた拓を通り過ぎ、5m程行ったところで方向転換した猪は、再び襲いかかろうと身を沈める。
拓もすぐさま片膝をたて、剣の切っ先を猪に向け最低限の迎撃態勢を取ろうとしたが、一瞬早くケモノ・アタックが襲う。
激しい激突の後、拓の体が2mほどごろごろと転がる。
だが、その後は少し様子が違った。
通り過ぎていった猪がよろよろと速度を落とし、ドウ、という音と共に巨体を倒した。
首元には切っ先を40cmほど食い込ませたショートソード。
まだピクピクと痙攣しているが、もう二度と猪が立ち上がる事は無いだろう。
拓の初戦はラッキーパンチによる辛勝であった。
「おおー!すごいタッくん!まさかこんなあっさり倒してしまうとは。」
パチパチと拍手しながら、倒れている拓にネーレが近付く。
拓はといえば、立ち上がろうと体を起こすも、腰や背中に激痛が走り、右肘はすりむけたのか僅かに血を滲ませている。
(おかしい……夢にしてはリアルすぎないか? 獣の感触といい、体の痛みといい)
ようやく立ち上がった拓は何となくの反射行動で服についた土埃を払う。
「いやー、お疲れ様っす。
初めてだから不格好なのは仕方ないすし、十分の結果っしょ。」
労いの言葉の後、ネーレがウィンドウのメニューを開くよう拓に告げる。
「アイテム欄を開くっす。初期装備にポーションがあるはずっす。」
言われてアイテム欄を開くと、いくつかの品名が並んでいた。
・モノクル
・ライター
・ロープ
・調理ナイフ
・ポーション(傷用、低品質)×3
・ポーション(解毒、低品質)×3
・ポーション(回復、低品質)×3
「まずはその擦り傷を直すっす。それから、うりぼうの解体っす。」
傷用のポーションを選択すると、ポップアップウィンドウに小瓶サイズのポーションの外観が現れ、右下に「取り出す」というコマンドがあった。「取り出す」に触れると数量が選べたので、そのまま1に触れると手の中に小瓶が出現した。
「傷口に振りかければ、その程度すぐ直るっすよ。」
そう声を掛けながらネーレは倒れている猪に近付いていく。
ポーションを傷口に注ぐと、ジンとした痛みが走り、やがて傷口が塞がる感覚が生まれた。
試しにシャツの袖を捲ってみると、カサブタが有るほかに何も異常は無かった。
未だにこれは夢なのかと自問しながらネーレの元へ歩いて行く。
ネーレはまだ細かくピクピクと痙攣している猪を足で仰向けにする。
「本来、解体と言えばまず血抜きからっすが、今回は手間が省けましたね。」
首元に転がったショートソードを拾い、両の手で逆手に構え、やにむに猪の傷口に突き立てたかと思ったら、グッとその剣先を押し込んだ。
血飛沫があがった後、今度こそ猪はピクリともしなくなった。
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